ユング心理学の視点から見た日記。スーパー戦隊シリーズ キョウリュウジャー、トッキュウジャー、東のエデンのレビューと感想。エニアグラム、子どもが育つ魔法の言葉、話が通じない人の心理、自分に気づく心理学。ドラマやアニメから学ぶ人生観。
 
「その三」からの続き…)

競争や格差のある社会を考えた場合、(こういう言葉を使うのはあまり好きではありませんが)どうしても、「弱者」というものが出てしまうと思います。

・したいと思っても、やりようのないケース、
・努力ではどうしようもないケース、
・得意分野はあるが、それでは生活できないケース、
(残念ながら、世の中の要求と自分の才能が、マッチしないケース)
・疲弊してしまって、ともかく今は動けないケース、

そういう、いろんな事情を抱える場合が、多々あると思います。



こういう場合、当然、支援や保護は必要でしょう。しかし、それと、競争や格差を無くすこととは、同じとは思えませんね。

事情を抱えた人を支援したり保護するのと、競争や格差を無くそうとするのは、同等とは思えません。


必要なのは、競争や格差があっても大丈夫な世界、社会。そのための、支援や保護の充実。

そういうことじゃないでしょうか。



というか、理想をいうとですね、今は事情を抱えてその中に入れない人も、いつか、準備できた時に、
一歩踏み出せるようになった時に、そんな時に、「おかえり!」「いらっしゃ!」、そういって迎えられる社会こそ、必要なんじゃないの。

今は無理でも、いつか、自分なりの武器を持って、才能を見出し、それを磨いて、ちゃんと休んで、余力をためて、競争や格差の中に飛び込める、帰れる、そんな世の中こそ、素晴らしいんじゃないですかね。

支援や保護って、そのためにこそ、使われるべきものだと思います。
(まあ、理想ですけどね)



そして、将来的に帰れるために、復帰するために、少しの厳しさを残しておくというのは、ありだと思います。

厳しさを押し付けるのではないけれど、厳しさを残しておいて、将来的に、その厳しさを引き受けられるようになった時は、引き受けてもらう、そういう余地を残しておくのは、ありだと思います。


一番いいのは、何らかのカタチで、何からのカタチを見出して、自分なりのカタチで復帰することだと思うのです。

それを急かす(せかす)でもなく、妨げるのでもなく、取り上げるのでもなく、待てる社会、迎えられる社会こそ、理想の、未来のあるべき社会ではないでしょうか。





格差、格差って、差に耐えられず、そっとしておけないのは、誰?

差を指差して、笑ってるのは、誰?

勝ち組と負け組みに分けとるのは、誰?

ひとりの人間が一生懸命生きようとしている時に、何か言わんと気がすめへんのは、誰?

そうやって、心をくじくのは誰?



どんな世界が素晴らしいのかといえば、それぞれが個性を持ち、つまり(個体)差をもって、それでも楽しく生きていける社会こそ、素晴らしいんだと思います。

もちろん、現時点で、これは理想です。全然、できてない――そう思う。

でもね、ひとり一人の人間が、ちょっとずつ、何かしらを引き受けてでも、変わらにゃ、理想なんで実現できひんでしょう。

しゃぶりつくしたカピカピの骨をいつまでもしゃぶるみたいに、訳の分からん化石みたいなユートピア目指すより、ひとり一人のパーソナリティーを尊重できる、そんな多様性を包含した世界を目指す方が、気が利いてると思います。

(その骨をしゃぶってしまうのが、人間ですけどね)
(私も、私なりのパターンというカピカピの骨を、いまだ懐に持ってますわ…)



実は、こういうのは、高尚でもなんでもない。平凡なことなんです。

できるだけ人様に迷惑をかけないように気遣いながら、自分の好きなことを見出し、自由に生きられる世界、社会。

同じであることを喜び、違いのあることを尊重し、触れ合ったり、そっとしておいたり、それを不細工ながらもやっていく世界。失敗しながらでも、修正していく世界。

気遣いのフィードバックとして、支援や補償のある世界。


人に迷惑をかけないようにしましょう。
困っている人は助けましょう。
自分を大切にし、相手を大切にしましょう。



そんな、小学校の標語みたいなのを、ちゃんと体現できる世界。

ある意味、「大人なら最低限やるべきこと」、それを体現できる世界、自分の出来る範囲を引き受け、体現できる世界。

それこそ、これからの世界じゃないですか。


当たり前やけど難しい、難しいけど、シンプル、そういう社会こそ、理想への近道なのでは…。


つまり、身近でしなくてはいけないことを、しっかり体現する、大人になる、それが必要なんだと思います。



社会を構成しとんのは、人です。もっというと、ひとり一人の我々です。人が変わらにゃ、社会は変わりません。よその誰かはやってくれへんのです。

ひとり一人の大人が成熟してこそ、社会も成熟するんだと思います。

それも、特別なことをするんではなく、身近なすべきことを、まず大人から体現するだけです。

そして、その究極のカタチが、自分をしっかり生きることだと思います。自分になることだと思います。

(それを個性化と言います…)





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(ひとまず、終わり…)





気持ちが入った分、ドギツクなったことをお詫びいたします…





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南方 城太郎

Author:南方 城太郎
生息地:関西
分類:昭和人間
生まれ:
黒電話、赤電話が主流で、冷房は扇風機、暖房は石油ストーブと炬燵という時代


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