ユング心理学の視点から見た日記。スーパー戦隊シリーズ キョウリュウジャー、トッキュウジャー、東のエデンのレビューと感想。エニアグラム、子どもが育つ魔法の言葉、話が通じない人の心理、自分に気づく心理学。ドラマやアニメから学ぶ人生観。
 
「その一」からの続き…)

問題は、競争や格差を無くすことではないと思います。競争や格差は、どうしてもあるものでしょう。人間には、「個性」がありますからね。

異なった性質がある以上、何らかの差は生じるもんです。

(それだから面白いんだし…)


問題は、実際問題なくすことはできない競争や格差を無くすことではなくて、競争や格差があっても大丈夫な世界、それを作ることなんではないですかね。

教育に於いて大切なことって――あるものを無いというのではなくて、あるものを隠すのでもなくて―― でも、大丈夫!! (差があっても、大丈夫!!)

そう確信をもって言えること、伝えられることなんではないの?



つまり、非常に限定された価値観で、勝った負けたと言うのではなく、

ひとつのことについていけなくても、それでお終いじゃないこと、
他のことで十分成功できること、
他の生き方で幸せになり得ること、
人生のパターンはひとつではないこと、
多種多様な人生があること、
誰だって、自分の生き方があること、
ちゃんと取り返しがつくこと、

それを教えることこそ、真の教育ではないの?


というか、教える教えないじゃなくて、大人が身をもってそれを体現することこそ、大事なんじゃないの?



大体、多くの人が疑心暗鬼にとり憑かれたように、身近な存在を競争させている現状で(競争に躍起になっている現状で)、社会が悪い、政府が悪い、学校(制度)が悪い、って言ったって、何も変わらんような気がします。

自分の中にある、「比べたがる気持ち」や「疑心暗鬼」、「あせり」や「不安」、「それらに耐えられないこと」、そっちの方が、余程問題でしょう。

(誰にでもあるものですけどね。ホント、誰にでもある)





競争や格差を無くそうとする思想の根底には、「みんな同じ」や「努力すれば何とかなる」、そういう考えが非常に一面的に働いてしまっている面があるような気がします。

(それは半分においては正しいが、残り半分においては、まったく正しくない)
(そんなもんにすがりついてしまっている)


人間には誰しも苦手なことがあって、もっというと、どうしても出来ないことがある。

「みんなやれます」「努力したら出来るんです」と言われても、どうしても出来ひんもんも、あるでしょう。

そりゃ、努力して出来るようになるもんも、ようけあります。でも、出来ひんもんもありますよ。

出来るにしても、限界があったり、すごく負担がかかるものもあるでしょう。


こんなん、しゃあないやないですか。
(仕方ないじゃないですか)

同じにするためには、何が何でも押し込みますか?

人間というものを無視してでも、枠に入れますか?

(そうなると、その枠は棺桶になるんじゃないですか?)



もちろん、努力は大事ですよ。ある程度、突き詰めないと、出来るか出来ないかは、よう分かりませんからね。

努力して出来るようになることも多いし、努力せにゃ成し遂げられんもんもあるでしょう。
(これが大事な半分)

でも、努力ではどうしようもないものもある。実際問題ある。
(こういう残り半分がある)

その時に鞭打ったら、血い流すだけでしょう。痛々しいだけや。

怠けてんのでもない、努力が足らんのでもない、そんな、どうしようもない、どうしても出来ひんことも、現実にはあるでしょう。(悲しいけどさ)


そしてその時、大人が、その現実に耐えられないからって、鞭(むち)を振るい続けたり(あるいは、「無知」を振るい続けたり)、嗚呼駄目だと絶望してみたり、こいつはアカンと放り出したり、そうしたら、子供はどうしたらいいんでしょう?

ひとつ駄目なら、全部駄目ですか?


子供を競争させとんのは誰でしょう?

差をつけとんのは誰でしょう?

負け組みにしとんのは誰でしょう?
(負けることを恐れているのは誰でしょう?)

他の生き方に目をつむっているのは誰でしょう?


生き方って、限られたモデルしかないんでしょうか?


子供の人生を終わらせようとしているのは、いったい誰なんでしょう?





テレビは見てはいけない (PHP新書)
テレビは見てはいけない (PHP新書)





「その三」に続く…)



そして、同じような思いして、過去、痛んどったんは、いったい、どこの誰なんでしょう?



【追記】

努力するにしたって、「努力のしよう」ってもんがある。自分に合った努力をすることに、価値があるんだと思います。

(そしたら、効果も出ると思う。しかも楽しい。つらくて楽しい。つらくても楽しい)


子供にああだこうだ言う前に、
他人にああだこうだ言う前に、

大人である自分が、
それぞれの自分が、
自分なりの「努力のしよう」ってやつを体現することこそ、
真に価値があるのだと、私は思います。



【追記2】

支援や保護については、あとでちょこっと書きます。

これが抜け落ちると、痛々しいですもんね。




関連記事
[サイト内タグ未指定]



ブログランキング・にほんブログ村へ
blogram投票ボタン


ランキングに参加しています
よかったらクリックしてね


秋だから、実をためる


↑ページトップへ


■ 最近のエントリ

↑ページトップへ




// HOME //
Powered By FC2ブログ.
copyright © 2005 枕石漱流 日記(ユング心理学の視点から) all rights reserved.
■ Amazon
■ 注目記事
■ アーカイブ
■ カテゴリ

■ 月別アーカイブ

■ 検索ぷらす


【注意】 ENTERキーだとうまく表示されないようです。申し訳ございませんが、ボタンを押してください。

■ キーワードハイライト機能

検索時、検索語句がハイライトされます。

■ 最近のトラックバック
■ スポンサードリンク

■  
■ スポンサードリンク



■ 最近の記事
■ カレンダー

09 | 2017/10 | 11
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31 - - - -

■ FC2カウンター



現在の閲覧者数:

■ プロフィール

南方 城太郎

Author:南方 城太郎
生息地:関西
分類:昭和人間
生まれ:
黒電話、赤電話が主流で、冷房は扇風機、暖房は石油ストーブと炬燵という時代


日記について


拍手する

プロフ
電脳露店マイアソシエイトストア
おバカ映画

■ リンク
■ RSSフィード
■ QRコード

QR

携帯でも御覧になれます。

■ にほんブログ村



BlogPeople「人間・哲学/人間考察」

■