ユング心理学の視点から見た日記。スーパー戦隊シリーズ キョウリュウジャー、トッキュウジャー、東のエデンのレビューと感想。エニアグラム、子どもが育つ魔法の言葉、話が通じない人の心理、自分に気づく心理学。ドラマやアニメから学ぶ人生観。
 
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
[サイト内タグ未指定]



ブログランキング・にほんブログ村へ
blogram投票ボタン


ランキングに参加しています
よかったらクリックしてね


秋だから、実をためる


↑ページトップへ

加藤諦三 著「自分に気づく心理学」(PHP)より。



第4章 なぜかイライラしてしまう人は 人生全体の方向が間違っている

(P112)予定がずれると不機嫌になる人



いつも予定通りに事が運ぶわけではありません。

予定がずれてしまうのは、割とよくあること。

では、予定がずれてしまった時、人はどうなるか?


大きく分ければ、2つですよね。

 (a) しょうがないと思う。
 (b) すごく腹を立てる。



(a)の場合、しょうがないなと現実を受け入れ、予定を立て直すなど、修正を試みたりする。

(b)の場合は、イライラしたり、時には怒鳴ったり。腹の虫が治まりません。

(b)から(a)に移行する場合も、ありますよね。


でも、なぜ、腹が立つんでしょう?


せっかく準備したことが、台無しになるから。

楽しみにしていたことが、できなくなるから。

予定がずれることで、他にしわ寄せがいくから。

約束を守らない姿勢に、腹が立つ。

気遣いの無さに、腹が立つ。

いろいろと、理由がありそうです。



人はある程度 健全な状態にある時、ちょっとしたことでは怒らないのではないでしょうか。

よほどのことは別にしても、1回くらい間違えても、そうそう怒らない。

でも、ちょっと予定がずれるだけで、途端に不機嫌になる人もいる。

これは、どういうことでしょうか?



<実は、いつもに近い>


その場面だけを見れば、「1回予定がずれただけで」と思うかもしれません。

でも、「その人の人生」を見れば、また印象が違うかもしれない。


ある人は、度々、裏切られているのかもしれません。

いつも、予定していたことを台無しにされている。

1回1回は大したことない出来事かもしれませんが、それが溜まりに溜まって、無意識下で渦巻いているかもしれないのです。

いつも予定を台無しにされてきて、ウンザリしたり、肩を落としたり、何ともいえない思いをしてきた。

そんな経緯があって、「また予定が台無しになった」「裏切られた」となると、不機嫌になったり、怒りたくなるのも、当然かもしれません。


こういうのは、ドラマなどでは分かりやすいですよね。

視聴者はやがて、その人の経緯を知り、「なるほど、それなら怒りたくもなるよね」と思える。

しかし、それは視聴者が神の視点を持つからです。

時間と場所を越え、その人の人生を知ることができる。

でも、これが現実だと、こうはいきません。

事情を知ることはできず、「なぜ、あの人はすぐに怒るんだろう?」と不思議がるばかり。

また、本人も、そんな自分の人生には気づいてないかもしれない。





加藤諦三先生は、「こういう人は人生全体のすごし方が基本的に間違っているのである」と、おっしゃっています。(P112)

ロロ・メイも、若い日に悩んだあげく、人生全体で何か間違えているのではないか? と思えたそうです。

予定通りに行かなかったことが間違いなのではなく、生き方全体に問題があるのではないかと。


加藤先生は、こうも書かれている。


しかし、変えなければならないのは相手(原文は「奥さん」)の気持ちではなく、実は自分の生き方、感じ方、考え方なのである。自分の関心を変えれば、もっと心やすらかに生きられるのだろう。

(P116)




関心が狭まってしまうと、イライラしやすい。

そして、他にあるものに、目がいかなくなります。

本当は、ホッとできることや、爽快なものがあるのに、それを見ることができなくなる。

1つばかり見て、それに感情が左右されてしまいます。


確かに、予定はずれた。

でも、他に、こんないいことがあった。

そういう目や考え方、いわば余裕を、持てなくなっているんですね。

「意外にいいこと」があっても、それを見逃してしまう。


とはいえ、それは責められることではなくて、それだけの理由があるということです。


続く…





自分に気づく心理学




すべての「イライラ」を根っこから絶ち切る本 (ナガオカ文庫)






予定がずれて怒る時、「相手の配慮の無さ」や「約束を破ったことに対する無自覚さ」という要素もあるかもしれません。

でも、それにしたって、注意したい点も。

ここにも、「時間超越の罠」や「場面超越の罠」があるかもしれないのです。


それを度々しているのは誰か?

ここにも、注意したい。


例えば、目の前の人に腹を立てていたとしても、その人がしたのは10のうち1つかもしれません。

他の9回は、別の人の仕業かもしれないのです。

あくまで、例えですが。





<<「第26回 道徳観や規範が人を傷つける場合がある」「第28回 子どもと大人の逆転現象」>>




関連記事
[サイト内タグ]:  自分に気づく心理学



ブログランキング・にほんブログ村へ
blogram投票ボタン


ランキングに参加しています
よかったらクリックしてね


秋だから、実をためる


↑ページトップへ


■ 最近のエントリ

↑ページトップへ




// HOME //
Powered By FC2ブログ.
copyright © 2005 枕石漱流 日記(ユング心理学の視点から) all rights reserved.
■ Amazon
■ 注目記事
■ アーカイブ
■ カテゴリ

■ 月別アーカイブ

■ 検索ぷらす


【注意】 ENTERキーだとうまく表示されないようです。申し訳ございませんが、ボタンを押してください。

■ キーワードハイライト機能

検索時、検索語句がハイライトされます。

■ 最近のトラックバック
■ スポンサードリンク

■  
■ スポンサードリンク



■ 最近の記事
■ カレンダー

10 | 2017/11 | 12
- - - 1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 - -

■ FC2カウンター



現在の閲覧者数:

■ プロフィール

南方 城太郎

Author:南方 城太郎
生息地:関西
分類:昭和人間
生まれ:
黒電話、赤電話が主流で、冷房は扇風機、暖房は石油ストーブと炬燵という時代


日記について


拍手する

プロフ
電脳露店マイアソシエイトストア
おバカ映画

■ リンク
■ RSSフィード
■ QRコード

QR

携帯でも御覧になれます。

■ にほんブログ村



BlogPeople「人間・哲学/人間考察」

■  



上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。