ユング心理学の視点から見た日記。スーパー戦隊シリーズ キョウリュウジャー、トッキュウジャー、東のエデンのレビューと感想。エニアグラム、子どもが育つ魔法の言葉、話が通じない人の心理、自分に気づく心理学。ドラマやアニメから学ぶ人生観。
 
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加藤諦三 著「自分に気づく心理学」(PHP)より。



第2章 「甘えの欲求」は心の秘密をとく鍵である

(P38)執着性格の人は甘えの欲求を抑圧している



甘えの要求を満足させるには、どうすればいいのでしょうか?

それには、相手の好意を受けて当然であるという感じ方が必要であると、加藤諦三さんは言います。逆に、相手の好意を心苦しく思うようでは、甘えることはできない。

どんなに相手がいろいろとしてくれても、それを申し訳ないと思うようでは、甘えの要求は満たされません。つまり、「気が引けない」「引け目を感じない」というのが大切になる。


これらを考えると、このような布置が見えてきます。

甘えられない → それは気が引けてしまうから。

では、なぜ、気が引けるのでしょうか?


その1つには、恩着せがましい親の態度があるといいます。いちいち感謝を要求する親の態度が、甘えられない性格を作ると。

幼い時に無償の愛を受けた人は、相手から好意を受けて当然だと思える。相手から認められて当たり前、してもらって当たり前。だから、引け目を感じることもない。すっと受け入れることができます。

逆に、親からいちいち感謝を求められて育つと、してもらうことに引け目や罪悪感を感じてしまうようです。「してやった」「感謝しろ」という言葉や態度が、甘えることを封じていきます。

これは単に親の態度というよりは、周りの大人たちの問題といってもいいかもしれません。


では、認められるという点に注目したら、どうでしょうか?

乳児期に無条件で愛されること、認められることで、基本的信頼が得られるといいます。それは「ああ生きていいんだ」「存在していいんだ」という感覚にもつながるし、「甘えてもいいんだ」というのにもつながるのでしょう。

でも、逆のことが生じることも。例えば母親が、「ママのこと好き?」と子どもに聞く。子どもが自分の存在を確かめるために聞くのではなく、その逆のことが起こっています。

また、甘えることをいけないことだとし、「そんな子は嫌い」だとか「うちの子じゃない」などと繰り返すと、甘えることに対して過剰な罪悪感を懐(いだ)かせることにもつながる。

それで子どもは甘えなくなるかもしれませんが、そのツケの大きさを知るのは、もっと先のことになります。


どうも、甘えるには、素直さがいるようです。ブレーキなしで、受け入れられること。引け目なしで、相手の好意をあてにできること。こういうのが甘えであると。

甘えに関する関係は、「甘えられる関係」「甘えることができない関係」の2つに大別されます。そして前者の根源となるのが、親子関係ということになるでしょう。また、この出発点でつまずいてしまうと、以後の人生に影響を与えることになる。


甘えが満たされずに育った人は、表面に出る態度や考えと、その奥にあるもの、この2つの間で苦しむという。

表面的には、責任感が強い。自罰的(内罰的)で、失敗は自分のせいだと考えます。このような生真面目な仮面を装着している。

甘えに関してはそれをタブーとしており、甘えることに引け目を感じ、素直に人の好意を受け入れることができません。

このように、甘えを抑圧してしまうわけですが、結果、無意識的には飢餓状態を作ってしまいます。拒否することで枯渇し、無意識的には余計に欲しくなるような状態を作ってしまう。

結果、表面に出るものとは別の態度や考え(=影なるもの)が育ってしまうのです。

無意識的には、責任を放棄したい。相手に責任を感じてほしい。意識レベルでは自罰的なのに、無意識のレベルでは他罰的(外罰的)になります。また、このベクトルが外に向くと、社会に対し過剰に責任を求めるようになるのでしょう。


このようなタイプの人は、自分で何とかしようとします。自分で頑張り、自分で責任を背負い、果たし、結果を出そうとする。でも、それではうまくいきません。限界がある。

なぜなら、甘えられないこと(十分に甘えられなかったこと)が、今の満ち足りない状態、よく分からない不安や緊張を作り出しているからです。

彼らは、大人としてこれを解決しようとする。でも、問題となっているのは、子どもの部分なんですね。





自分に気づく心理学




子どもを生きればおとなになれる―「インナーアダルト」の育て方






「今」の問題に対処しようとするから、「今」を見つめる。

でも、「今」の問題は、「過去」からの積み重ねなのです。





<<「第8回 尽くす心理」「第10回 人の好意が受け入れられないワケ」>>




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生息地:関西
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黒電話、赤電話が主流で、冷房は扇風機、暖房は石油ストーブと炬燵という時代


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