ユング心理学の視点から見た日記。スーパー戦隊シリーズ キョウリュウジャー、トッキュウジャー、東のエデンのレビューと感想。エニアグラム、子どもが育つ魔法の言葉、話が通じない人の心理、自分に気づく心理学。ドラマやアニメから学ぶ人生観。
 
加藤諦三 著「話が通じない人の心理」(青春文庫)より。




ナルシストは「他人の現実が自分の現実と違うということを認識できないのである」

(P116)




自分がいいと思うものは、他人にとっても いいものだ。自分が素晴らしいと思うものは、他人にとっても素晴らしい。相手の気持ちや価値観という現実がない。

相手が忙しいから無理だと言っても、それが理解できない。自分には時間があると言う。相手の都合という現実がない。


子どもは思い通りにならないと、相手に「イジワル!」と言ったり、「ケチ!」と言ったりします。子どもはまあそんなものだけれど、大人になってもそのような状態のままでいる人もいるようです。

自分が大丈夫だと思い込んでいるような状況で、相手が無理だと断る。すると、「イジワルだ!」「ケチだ!」と怒りだす。まあ、多少そんなところがあっても構わないわけですが、それが限度を超え、相手を罵りだす。また、周囲のみんなもそう思っていると信じてしまう。

相手の都合、相手の事情、そういった現実がないので、おかしなことになってしまいます。


前にも書きましたが、「思いやり」とは相手に心を配ること。「同情」とも言い、相手の気持ちになって考えたり、感じたりする。でも、相手という現実がないと、これは成立しません。思いやりも同情も、なくなってしまう。

なので、相手が疲れていようが、忙しかろうが、辛そうだろうが、自分の主張を通そうとする。「わたしがしたい」が最優先で、相手の状況や事情は考えません。というのも、相手という現実がないから。


このように、相手の都合や事情を考えないと、周囲から孤立します。「困った人」と、されてしまう。だって、迷惑を何とも思わないから。

迷惑とは、何かをしたことで他の人が不利益を受けたり、不快に感じたりすること。でも、ナルシストの場合、自分のしたいことがすべてであり、他人のことは考えません。よって、彼らの中には迷惑はない。でも、それは思い込みであり、周囲は迷惑する。このズレが、孤立を招きます。


「ちょっといいですか?」→「ゴメン、今忙しいので」→「じゃあ、あとで」

これが一般的なやり取り。


「これについて教えてください」→「ゴメン、今忙しいので」→「ケチ!」

これがナルシストとのやり取り。

そういう時もある、なら分かります。そうじゃなくて、ずっとそうなのが、この本でいうところのナルシスト。



悩んでいる人は、客観視ができないのだという。自分がどういう人間であるか、他人がどういう人間であるか、気づけない。あるいは、関心がない。

(逆に言えば、それさえ分かれば、概ね解決するのですが)

加藤さんが本の中で言うには、「悩んでいる人は人間関係の中で自分の位置が分からない。自分の立場が分からない」(P129)


何の問題もない人は、相手を見ます。意識しているかしてないかは別にして、相手を見て、ある程度合わせている。友達には友達に接するように、先生には先生に接するように、上司には上司に接するようにと、どこかで自動調整されています。

先生や上司に「おい、おまえ」とは言わないし、友達にへりくだったりもしない。相手に相応しい話し方をし、相手に合った話題をふる。

こういうのも、客観的に見れば分かることです。例えば、ドラマなどでそんなシーンを見れば、だいたいの人はピンとくる。でも人間は自分を劇の一部として見ることが苦手なので、間違いや失敗をしてしまいます。ただ、そこで「ああ、間違ってた」と修正すれば、だんだんと変わってくると。

修正の前、さらに「ああ、間違ってた」の前には、「なぜ?」とか「あれ?」があります。思うようにならなかったから、「あれ?」とか「なぜ?」と思う。そこで考えたり見直したりすることで、「ああ、間違ってた」となるわけです。



同じ行為でも、結果が違うことはあります。それはなぜかといえば、状況が違うから。お腹が空いている時の食事と、お腹いっぱいの時の食事では、反応も違ってきます。ノドが渇いている時に出される水と、飲みすぎてお腹がタプタプの時とでは、これも全然違ってくる。

人間は基本的に、困っている時に助けられた方が感謝します。逆に、何でもない時に干渉されると、煩わしく思ったりする。この両者を分けるものは、やはり、「相手を見ること」なのでしょう。

「あれ、困ってるな」と思うから、助けを出す。すると、喜ばれる。逆に、順調な時にあれこれ手を出されると、煙たがられることもある。一番困るのは、助けが要る時には知らん顔し、必要でない時にかぎって助けようとすること。「場合場合」を考えないので、思うような効果が得られないどころか、逆効果になってしまいます。



価値観には、自分の価値観もあれば、相手の価値観もある。自分の趣味を生きる時、自分の好みを語る時、それは自分の価値観を中心にすればいい。しかし、相手との関わりの中では、また別なのでしょう。

特に「相手のため」に何かする時は、当然、相手の価値観の方を大事にする。相手の好み、喜びそうなことを考える。プレゼントなんかも、そうでしょ。

ただ、ここでいうナルシストの場合、自分の価値観と相手の価値観が混同されるので、自分の好みを押しつけた上で、「なぜ感謝しない?」と怒ってしまうのです。

これが関係を悪くしてしまう。


ナルシストが怒るのは、「○○してあげたのに」という理由。頼まれてないのに、自らそうして、勝手に怒る。「相手のため」という時はふつう、相手の気持ちや価値観を中心にして考えます。けれど彼らは、自分の気持ちや価値観を中心としながら、「あなたのために」とか「○○してあげたのに」と言う。

これでは話が通じませんね。





「話が通じない人」の心理 (青春文庫)




対人関係療法でなおす うつ病






ナルシストの説明には注意が必要。

「忙しくて会ってもらえなかった」が、単に「会ってくれない」とか、「会ってくれないひどい人」という風になってしまう。

「頼んだけど、疲れていて無理だった」が、「してくれない」「ケチだ」となってしまう。

聞く方も注意しないと、無用な悪者を作ってしまうかもしれません。





<<「第5回 自分勝手な心理」「第7回 自己現実の苦しみと自己執着の苦しみ」>>




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生息地:関西
分類:昭和人間
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黒電話、赤電話が主流で、冷房は扇風機、暖房は石油ストーブと炬燵という時代


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