ユング心理学の視点から見た日記。スーパー戦隊シリーズ キョウリュウジャー、トッキュウジャー、東のエデンのレビューと感想。エニアグラム、子どもが育つ魔法の言葉、話が通じない人の心理、自分に気づく心理学。ドラマやアニメから学ぶ人生観。
 
ドロシー・ロー・ノルト、レイチャル・ハリス 著、石井千春 訳。

「子どもが育つ魔法の言葉」より



「愛してあげれば、子どもは、人を愛することを学ぶ」 (P151)



愛は、相手をかけがえのないものとして認めることからはじまるという。

本では愛を、「三つの柱で支えられている」と表現しています。それは「子どもを認め、信じ、思いやること」。子どもは愛されることで、人を愛することを学ぶ。(P152)


その反対が、子どもを自分の思うように変えたいと思うこと。

例えば、相手の価値観を認めず、自分の価値観と同じにさせようとする。あるいは、自分の夢を子どもに託し、代わりに叶えさせようとする。

そして、それができないなら愛さないという、条件付きの愛になってしまう。


愛を求めるのは人間的な欲求であり、本能に近いものであると思われます。ごはんを食べるとか、眠るとか、そういうことに近い。なので、理屈はともかくとして必要なもの。勝手に奥底から求めるもの。理性や自我で、どうこうできないもの。

スキンシップが子ども――とりわけ、赤ん坊――の情緒安定に欠かせないというのは、知られてますよね。そして最近では、お年寄りの治療にも、スキンシップが使われるようになっています。

そこにあるのは、言葉を越えた信頼関係。それが心身に影響を与えるようです。


その信頼関係と対極にあるのが、裏切りですね。赤ん坊でいうと、泣いたのに抱いてもらえないとか。もう少し大きくなると、頑張ったのに評価されないとか。これらは意識を越えて、「愛されてない」と感じてしまうのかも。

でも、意識するには痛ましいことだから、忘れようとする。忘れようとするけど、繰り返される。そんなことが、不安を生じさせたり、心身を圧迫することも、あるようです。


繰り返しと言えば、「家」でパターンを受け継ぐというのがあります。

何らかの事情で、「愛されてないのではないか?」というのが生じる。でも、それは意識されず、生き方や人との接し方、子どもの育て方などで、受け継がれる。

それが子どもの何らかの問題として具現化し、初めは分からないものの、やがて、「わたしは子どもを愛せてるのか?」という自問になり、それが「わたしは愛されていたのだろうか?」というのにつながる。

つまり、初め子どもの問題だと思っていたものが、実は自分にもつながり、やがて自分の親にもつながるという、3世代の問題になってくるのです。


世の中にはつらいことや悲しいことがたくさんあります。

でも、愛してくれる人がいれば、それを忘れられる。

次は頑張ろうと思える。

余裕が生まれ、よいところにも目が行き、世の中は捨てたもんじゃないと笑えます。

その根源にあるのが、愛された経験なのだと。


とはいえ、人間ひとりには限界があるのだから、男性の役割も重要です。

ひとりに任せるのは、「パンクしてください」と言ってるようなもの。

せっかくある制度は使いたいし、後ろめたくない状態で使えるような、そんな気風を育てたいものです。


こんなことを言ったら叱られそうですが、せっかく既存の世の中が壊れるとことろなのに。

このピンチ、ええように使わないのはもったいない!



[ 分けて考える ]

愛は必要で、素晴らしい。

でも、愛せない自分を必要以上に責めないこと。

完璧な愛を目指すと、反動で愛せなくなる。

多少きれいでない心があっても、当たり前。

一般社会で出すと問題になるかもしれませんが、保護された空間で出せば問題ない。


躾(しつけ)はする。

でも、人生を完全にコントロールできるとは思わない。

子どもは自由にならないと思えた方が、楽。



[ したほうがいいこと ]

子どもの安定のためには、スキンシップや添い寝が大事。

心配しなくても、やがて卒業する。

時期は、人それぞれ。

(ただ、相手の望まないスキンシップを繰り返すのは別)


生き方や価値観を尊重する。

(どうせ、100%思い通りになることなんてないから)
(合えば儲けもので、互いに喜んだらいい)





子どもが育つ魔法の言葉 (PHP文庫)




お母さん、「あなたのために」と言わないで 子育てに悩むすべての人への処方箋







<<「(10) 誉めてあげれば、明るく育つ」


 → 「魔法の言葉の目次」





【関連記事】
「やさしい虐待/クローズアップ現代」

 → 「エリクソンのライフサイクル」
 → 「思い通りにならないのは、育て方が悪いからですか?」




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南方 城太郎

Author:南方 城太郎
生息地:関西
分類:昭和人間
生まれ:
黒電話、赤電話が主流で、冷房は扇風機、暖房は石油ストーブと炬燵という時代


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