ユング心理学の視点から見た日記。スーパー戦隊シリーズ キョウリュウジャー、トッキュウジャー、東のエデンのレビューと感想。エニアグラム、子どもが育つ魔法の言葉、話が通じない人の心理、自分に気づく心理学。ドラマやアニメから学ぶ人生観。
 
いろいろ事件や問題、ニュースに触れる度、自由から逸脱したような自分勝手みたいなものを、感じることがあります。

でも、そもそも、自由や勝手とは、どういうものなんだろう?



自由とは、自分の意のままに振る舞えること。

その中に、ワガママなど、勝手気ままなことも、含まれるようです。


哲学的には、ふたつの自由が定義されている。

ひとつは消極的なもので、これは、他者から強制や拘束、妨害を受けないこと。

もうひとつはどちらかといえば積極的なもので、自主的、主体的に、自分の本能に従うこと。

前者の場合、「○○からの自由」となり、後者の場合、「○○への自由」となる。


また、社会的には、法律の中で許容される範囲の、束縛や制限を受けない行為をいう。


一方、勝手とは、他人のことはかまわないで、自分に都合のよいように振る舞うこと。

勝手気ままは、他人のことは気にせず、自分のしたいように行動すること。


(以上、大辞泉 参照)



自由とは、自分の思うとおりにすること。

でも、人は社会で生きる動物なので、人との関わり合いを無視できません。

同じ空間を共有することが多いので、その時は、制限が加わる。

平たく言えば、他人に迷惑をかけないというのが基本になります。

が、逆に、他人に迷惑をかけないというのを守れれば、ある程度の自由が許容される。

例えば、電車の中では、本を読むなど、自由にしていい。中には、おしゃべりする人も、いるでしょう。

でも、他者に迷惑になるような、大音量で音楽を聴くことなどは許容されていない。また、おしゃべりにしても、人に迷惑になるやり方だと、これも許容されません。

で、「他人のことは気にせず、自分のしたいように行動する」と、勝手気ままであるということになる。


「(電車の)車内は部屋ではありません」というのは、名言ですね。



時に、自由に熱心な方がいます。

でも、あまりに熱心すぎると、自由を強要され、何が自由なのか分からなくなることも。

その人が思う自由を範とするように説得されたりすると、それは束縛や制限なのではないかと、思ってしまいます。

「やりたい人はやる」を越えると、ややこしいですね。

説得する方は、自主的で自由かもしれませんが、される方は受動的で、時には不自由ささえ感じる。

あと、「他人のことをかまわないで」やられると、これまた困りますね。



迷惑を受け、苦情を申し出た場合、「自由でしょ」と返されることもあります。

でも、その行為が「他人のことはかまわないで、自分に都合のよいように振る舞う」ものである場合、それは勝手気ままということになるのでしょう。

この辺の混同も、多いかな。


昔は父性の体現者が、「うるさい!」「やかましい!」とピシャリとやったので何とかなっていましたが、今はどこかに消え去ったので、なかなか難しいです。

また、昔風の父性の体現者は、けっこう勝手気ままだったので、今同じことをやっても、返り討ちに遭うかもしれません。

というわけで、昔風でない、新しい日本における父性の体現者が、必要なのかもしれませんね。


ただ、世の中には父性コンプレックスがあるような気がするので、取り組む以前に、無意識的な排除作用が働くのかもしれない。また、昔風の父性を考えると、そうなるのも仕方ないなあと思う面も。

でも、放っておくと、本来やらなくていい人が父性を体現しなければならなくなって、おかげで父性も母性も中途半端になりました、ってことになりかねない。

こりゃ、やっぱり問題ですね。



とと、話を戻しましょう。


我々は民主主義の社会に生きているので、自由は保障されている。

でも、互いは互いの自由を保障する立場にもあるので、他者の迷惑にならないようにとの、最低限の配慮は必要なようです。

で、これを逸脱すると勝手気ままということになるし、大きく超えれば、時には法に触れ、タイーホということにもなる。

というわけで、自由には「自分の思うようにやる」という意味と、「他者の自由を侵害しない」という意味の、両方があるようです。

このバランスが崩れると、ややこしいことになりそう。

どちらかが勝ちすぎている時は、要注意。


あと、どういう場所かという問題もありますよね。

自分の部屋と電車とは、違う。これと同じようなことが、人と共有する空間では、いえます。

また、たとえ自分だけの空間であっても、そこから漏れ出るものがある場合は、注意。

音やニオイなんかは、特にそうですね。

こういうのには常識の範囲というものがありますが、自分の常識と相手の常識、社会の常識にズレがある場合があるので、これまた注意。

自分ルールと社会のルールに、差があることもあります。

家庭による差とか、地域による差とか、そういうものも、あるようだし。





自由な人生のつくり方




自由とは何か (講談社現代新書)






あと、心理的には、頭の自由が強すぎると、体や心に負担が溜まることも。

頭のしたいようにやりすぎると、心や体がまいってくることがあります。

この辺も、実は盲点ですね。

頭があまりにも勝手気ままだと、それがいかに正しくても、「心や体のことは気にせず、頭のしたいように行動する」となって、自分で自分を傷つけてしまうかもしれません。

心や体はしゃべれませんが、こちらへの配慮も、お忘れなく。





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「自由/ゲド戦記 こわれた腕環」 




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黒電話、赤電話が主流で、冷房は扇風機、暖房は石油ストーブと炬燵という時代


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