ユング心理学の視点から見た日記。スーパー戦隊シリーズ キョウリュウジャー、トッキュウジャー、東のエデンのレビューと感想。エニアグラム、子どもが育つ魔法の言葉、話が通じない人の心理、自分に気づく心理学。ドラマやアニメから学ぶ人生観。
 
決めつけも過ぎると、レッテル貼りにつながってしまいます。

しかもその根拠となっているのが、部分的な情報だったりする。

ある一面だけを見て、全体を評価、格付けするんですね。

なので、部分的には確かにそうかもしれない、でも、全部をそれで語るのはどうか? ということになります。

そうなるのだけれど、一度固く信じてしまうと、なかなか修正が効かない。

一部をとって全体のイメージを決め、それをすべてとしてしまいます。

そんな認知の歪み。



個人の場合だと、自分に否定的なレッテルを貼ることが多いようです。

「わたしはダメ人間だ」
「能なしの、役立たずだ」
「失敗ばかり」

そんな風に決めつけてしまいます。


確かに、ダメな部分もあったかもしれない。できないこともある。失敗だってした。

けれど、それだけだろうか?

できることは? 成功体験は? 喜ばれたことは? 役に立ったことは?

そういう部分に、目が行きません。


また、否定的な決めつけにより、その反応として、感情的に落ち込む。

これが未来を奪ってしまうんですね。

「どうせダメだ」とレッテルを貼り、未来への努力を阻害します。

足りない部分を補完するとか、できている部分を活かしたり伸ばすとか、そういう前向きな意志を、決めつけと落ち込みが、邪魔するんです。

なので、「どうせ、ダメだ」→「だから、何もしない」→「結果、何も変わらない」

こういった、マイナスの環の中を、グルグル回ってしまう。



レッテル貼りは、自分だけではなく、相手に向けられることも。

伝える役割の人がこの認知の歪みを持ち、拡散させれば、レッテル貼りは社会的なものとなり得ます。


「あいつはダメだ」
「あの人は使えない」
「あの集団は悪い人ばかり」
「あそこの人はみんな、ズルいことをする」

そんな決めつけが横行します。


どんな部分がダメなのか?
誰の、どんな行いが、ダメなのか?
他の部分までダメなのか?

使えないところばかりで、使えるところはないのか?
全部悪いのか? どのくらい悪いのか?

一人罪を犯せば、みんな犯罪人なのか?
それをしたのは個人なのか? みんななのか?


こういう部分があやふやなまま、全体のイメージだけが決められてしまう。

一つだけを拾い上げ、全体を示すラベルを作成し、貼り付けます。

それを強固にしながら、広める。



さらに「投影」というものを考慮するなら、自身や自身も含まれる集団の影を相手に投影し、それをレッテルとすることも、あるようです。

ということは、立場が変われば、自身の持つ影なるものも暴かれるわけで、相手を攻めたてていた言葉が、そのまま自分に返ってくることになったりする。



ニュースでも、ワイドショーでも、政治バラエティーでも、こういうことが、けっこう起きていたりします。

ともかく、○○が悪いと言う。

でも、何がどう悪いか、ちゃんと説明しないことも。

もちろん、丁寧に説明してくれる人もいます。

が、それと同時に、悪い悪い、そればかりに力を入れ、何がどう悪いか説明しない人がいるのです。

結果、何がどう悪いかではなくて、「○○=××」といった、公式だけができる。

ラベルだけが作成され、社会に浸透したりするんです。


確かに、何らかの問題や事件があった。

でも、それで全体を覆い、ラべリングしていいものだろうか?

そういうことって、けっこうありますよ。

そもそも、何が悪いのかよく分からないことで、大騒ぎになることもある。



渦に呑みこまれることなく、一歩引いて、考えをまとめる。

何がどうなのか、文章に書いてみる。

書かないまでも、頭の中で答えを出してみる。

そうすると、「あれ?」という点について、だんだんと気づいてくるはずです。


レッテルは、貼ったり貼られたりするもの。

なので、貼られた経験もあるでしょう。

あの、何とも言えない、嫌な感じ、脱力感。

そういうものをできるだけ少なくするには、認知の歪みを修正することが大切なのだと思います…





たいせつなきみ



「だから自分はダメなんだ」と決めつけない ~こころ楽になる気持ちの扱い方~






例えば、同化することなく、一歩引いてテレビを見ると、何か見えるものがあるはずです。

感情の共有はそれはそれで大事だけど、呑みこまれると、正体をなくしてしまいます…





<<「理想とTPO/認知の歪み 社会編(17)」
   「○○のせい/認知の歪み 社会編(19)」>>


 → 認知の歪み




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Author:南方 城太郎
生息地:関西
分類:昭和人間
生まれ:
黒電話、赤電話が主流で、冷房は扇風機、暖房は石油ストーブと炬燵という時代


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