ユング心理学の視点から見た日記。スーパー戦隊シリーズ キョウリュウジャー、トッキュウジャー、東のエデンのレビューと感想。エニアグラム、子どもが育つ魔法の言葉、話が通じない人の心理、自分に気づく心理学。ドラマやアニメから学ぶ人生観。
 
レッテルは、人間を覆う札や看板みたいなもの。そして、そこに書いてあることがその人のすべてだと、勘違いしてしまいます。

いわば、極端な決めつけ。

今まで学んできたような二元論的な考え(オール・オア・ナッシング)や拡大解釈、過小評価などによって、その人物を「○○だ」と決めつけてしまう。

こういうことは多少誰にでもありますが、訂正が困難な状態。一度決めたものが固定され、認識を改めることができません。実際を確かめようとせず、その人に貼られた札や看板を見て、そういう人だと決めつける。

評価が実際の態度や行動でなく、レッテル(札や看板)で決められてしまいます。

例えば、一度ダメだとされると、何をしてもダメだと認識される。一度失敗する人だとされると、いつも失敗する人だとされる。覆られない評価が、その人に貼られてしまうのです。

怖ろしいですね。



個人的な場合、自分に否定的なレッテルを貼ることが多いようです。

「わたしはいつも失敗する」「わたしは無能だ」「何もできない、どうしようもない人間だ」、そういう風に決めつけてしまいます。しかも、個別のケースとしてではなく、人間総体として、そうだと思い込む。

例えば、「今回は失敗した」ではなくて、「いつも失敗する」と思い込みます。イメージが実際を覆い隠し、実際の態度や行動、割合などを見えにくくするのです。

これでは落ち込むばかりですね。

さらに言えば、この気分の落ち込みが、実際の修正を困難にします。「どうせ、○○だから」と、やる気をそぐし、実際に対処しようという気をなくさせる。「今回はダメだった」だと、「次回は頑張ろう」となりますが、「いつもダメだ」と思うから、そんな気も起こらない。

このような負のスパイラルに、落ち込んでしまいます。気分に、実際まで、引っ張られてしまう。



社会的なものだと、自分に貼るよりは、相手に貼ります。

「あの人は○○だ」と、札や看板を貼る。あるいは、人が貼った札や看板を、信じて疑わない。根拠を問うたり実際を見たりしないままに、世間が貼ったレッテルを信じ込みます。レッテルを見て、人を判断する。

あるいは、ほんの一部だけを見て、「ああ、本当だ」と、納得する。全体像とか、割合とかは、無視されます。簡単に「○○な人」と、カテゴライズする。それも、修正不可能なほどに。

このレッテル貼りが、日本を覆っているのです。

思慮ある人は、確かめてみてください。「あらためて考え直すとよく分からないけど、そういうことになっている」ということが、よくありますよ。訳の分からないままに「○○な人」、「○○な集団」ということに、なっていたりする。

個別の事象が全体を覆い、その人の名前と同等の権威を持ってしまっていたりしますから。



実際を見てもらえず、つらい思いをした経験は、誰にだってあるでしょう。

あれは、やるせないですね。

ひどく落ち込みます。


でも、人は同時に、実際を見ようとはしない面も持つ。

レッテルを貼られて嫌な思いもするし、同時に、レッテルを貼って、相手に嫌な思いをさせることもあります。

また、レッテルに支配されることで、選択を誤ったり、誰かを悪者にしたり、いろいろと罵ってしまうこともあるでしょう。


それが人間だと言えばそれまでですが、何が問題かというと、それをいつまでも改めないのが、問題です。

社会的な例でいえば、レッテルばかり見ていると、物の本質が見えない。その人が本来どういう人かも、見えてきません。

これは選択以前の問題で、前提を間違えることにつながる。

前提としていることが実際ではなく、「思い込み」や「決めつけ」になるのです。あるいは、「一部」を「全部」だと思い込む。

これでは正しい選択ができません。

価値観の違い以前に、正しい――というよりは、最低限の――前提を共有できていないことになります。



このレッテル貼り、日本を席巻しているように感じます。

人に貼られた札や看板を見るばかりで、その人の中身や言ってること、態度や行動、してきたことを見てない場合がある。

これが個人ならまだ範囲が狭いのですが、伝える人にこの態度があると、拡散してしまいます。影響が、非常に大きくなる。


これって、本当に、怖ろしいことなんです。

そして、多くの人が間違えば、国が間違いかねない…





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南方 城太郎

Author:南方 城太郎
生息地:関西
分類:昭和人間
生まれ:
黒電話、赤電話が主流で、冷房は扇風機、暖房は石油ストーブと炬燵という時代


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