ユング心理学の視点から見た日記。スーパー戦隊シリーズ キョウリュウジャー、トッキュウジャー、東のエデンのレビューと感想。エニアグラム、子どもが育つ魔法の言葉、話が通じない人の心理、自分に気づく心理学。ドラマやアニメから学ぶ人生観。
 
アンソニー・スティーヴンズは、個性化を段階的に説明してくれています。



個性化とは――親や文化的環境から押しつけられた分裂状態を克服し、「ペルソナという見せかけのおおい」を捨て、自我防衛をやめ、自分の影を他者に投影するのではなく、なんとか影を知り、それが自分の内面生活の一部であることを認め、個人的な心のなかに住んでいる異性的な人格と折り合いをつけ、<自己>の至上の意図を意識的に実現しようと努めるのである。





「親や文化的環境から押しつけられた分裂状態を克服し」

我々はまず、何が正しくて何が間違っているかを、親や社会から学びます。身近な大人たちから、教えられる。

ただ、その過程で、そこにある矛盾やおかしさに気づくことになります。

今まで正しいと思っていたものや、世間では正しいとされているものの中に、必ずしも当てはまらないものを見つける。そして、だんだんと認められなくなる。

それは正しいと教えられ、自分もそう思っていた、しかし ―― というようなものと出会う。


このような葛藤や分裂状態を放置するのではなく、向かい合い克服することも、個性化の一部だというわけです。



「“ペルソナという見せかけのおおい”を捨て」

ペルソナとは、社会に適応した態度。いわば、外を歩く時に身につける服。人の中にいるときに被る、仮面。

それはもちろん必要なのですが、そればかりに留まらない。よそ行きの笑顔だけに、ならない。

社会生活を送る者としてだけではなく、その中の、生身の人間としても、生きる。

(ただし、これは社会ルールを破るための方便であってはならない。ペルソナは捨てる前に、しっかりと作っておく必要がある)

ペルソナは理性と関係し、その中身は本能と関係します。その片方だけに頼るのではなく、両方を生きる。それも個性化なのだと。



「自我防衛をやめ、自分の影を他者に投影するのではなく、なんとか影を知り、それが自分の内面生活の一部であることを認め」

心の安定を守るために使ってきた、防衛機制などを捨てる。

自分にあったこと、自分のしたことなどを、だんだんと認識できるようにする。

無理やりやることはないですが、その時が来たら、取り組む。


影を他者に投影するだけに留まるのではなく、それを通して、己の影に気づいてゆく。

自分に欠けていたもの、自分が生きていなかった側面、それを知る。

そして、それが自分の内面にあるものなのだと、認めてゆく。

活性化されてなかっただけで、自分の中で眠っていた、既に内在されていたことに、気づく。

それを受け容れ、だんだんと動かす。



「個人的な心のなかに住んでいる異性的な人格と折り合いをつけ」

心の奥にある、アニマ・アニムスと対面する。

目の前の異性を通し、自身の内面とも向かい合う。

目の前の異性に対する、不満や惹かれる点を、自身の中にあるものなのだと、気づいてゆく。

目の前の人と生きながら、己の中身も生きる。



「<自己>の至上の意図を意識的に実現しようと努める」


それら無意識的な働きを、だんだんと意識する。

意識できないまま振り回されるのではなくて、そこにある個人的な意味を読み取り、自身に馴染ませ、最終的にそれを生きる。

ある程度意識しながらそれを生き、この世に、自己の意図を具現化する。



逆に言えば、これらの働きを拒むことが、病気の症状の一部だといえるのかもしれません。


例えば、心や身体の訴えを、親や社会から押し付けられた観念により、否定する。本当は欲しがっているものを、抑えつける。

ペルソナを脱ぐことを拒み、ついには倒れてしまう。生身の人間を、傷みつける。

自分の影を見ようとはせず、他者を責め、結果、自分は何も変わらず。意識はそれを見ないようにするものの、心はそれを純粋に受け取り、だんだんと、まいってくる。

そんなことが、生じる。



葛藤や分裂を克服したり、ペルソナを脱ぎ捨てたり、影と対決したりすることは、かなり、しんどいことです。

しかし、そうしてこそ、上の症状を脱することができるのだとしたら、どうでしょう。


アンソニー・スティーヴンズは、何の意味もなしに人類が長寿になるなんてことはないはずだと言います。

人類が長寿になるには、きっと意味があるのだろうと。



この仕事に打ち込むということは、成熟後期の精神的義務から解放されながら、晩年まで実り豊かな人生を送ることである。




見事に個性化を果たした老人たちは、いつの時代でも、叡智の宝庫である。なぜなら彼らには、過去を振り返り、学んできたことすべてを、生涯にわたる経験に統合できるだけの時間があるからだ。





社会で生きるというのは、ある側面では、自分を殺したり、抑えることです。

それが必要な面がある。

そうしないと、身勝手になり、他者を侵害することにもつながる。

だから、人生の前半では、それを修得せねばならない。


ただ、それが修得できなたら、次の仕事が残されている。

今まで抑えていたり、ある部分では殺していた、自分を生きる。

前もって決まっていた、それでいて未知の、自分になるのです。


それが人生の目標なのだと。そして――


目標は観念としてのみ重要である。本質的なことは目標へと向かう仕事(オーパス)であり、それこそが人生の目標である。




到達点を目指すのではない。

どだい、到達点など、誰にも分からない。


道を歩くこと、

歩んだことによって道を作ること、

それが目標である。

達成されるべき人生の仕事であると…





大人になることのむずかしさ―青年期の問題 (子どもと教育)
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次回からは、心理学的タイプに関して…





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南方 城太郎

Author:南方 城太郎
生息地:関西
分類:昭和人間
生まれ:
黒電話、赤電話が主流で、冷房は扇風機、暖房は石油ストーブと炬燵という時代


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