ユング心理学の視点から見た日記。スーパー戦隊シリーズ キョウリュウジャー、トッキュウジャー、東のエデンのレビューと感想。エニアグラム、子どもが育つ魔法の言葉、話が通じない人の心理、自分に気づく心理学。ドラマやアニメから学ぶ人生観。
 

悪を罰しないものは
悪をなせと
命じているのだ。


レオナルド・ダ・ヴィンチ





【悪事】
1:道徳や法律などに背いた行為。悪い行い。
2:わが身に降りかかる、災い。災難。

(大辞泉より)




当たり前ですが、悪事を働いたかどうかは、実際に悪い行いをしたかどうかで、判断されます。

そりゃそうですよね。事実を無視されたら、たまらない。

然るに、現実では、そうでない時があったりする。

こりゃ、どういうわけでしょう。



ブログには、「タグ」という機能があります。

語源は確か、「付け札」や「荷札」。

ブログでは、グループ分けに使われたりします。

○○に関して書かれた記事、△△に関係のある記事、等々。

目印をつけて整理したり、訪問者が探しやすくするんですね。

このブログにも、タグがあります。



そのタグのようなものが、人間にも貼られることがあるようです。

いや、別に、人間に札をペタっと貼るわけではありませんが、それと近いことを行なっていたりする。

例えば、○○に所属している、□□さん。△△を趣味とする、××さん。

人に札を付けることで、分かりやすくする。整理しやすくする。

そういうところが、人間(人間社会)にはあるようです。


ある人を説明する時、名前だけで分かればいいのですが、そうでない時、○○のXさんとか、△△なYさんとか、□□しているZさんとか、そう言ったりもしますよね。

こういうのは誰でもすることだし、便利といえば便利、分かりやすいといえば分かりやすい。

でも、あまりに札のほうばかりに意識が行くと、人間の方があまり見られなくなることも、あるようです。

顔(表情)、したこと、人間性、そういうものより、タグ(札)の方が重みを持ってしまう。



同じく「札」を語源とする言葉に、「レッテル」があります。

「レッテルを貼る」のレッテルです。

人に貼られた札である、レッテルを見て、人を判断する。

それによって、時に、事実関係が無視されるわけですね。

実際は無視され、どういう趣味の人か? 何に属しているのか? そういうことが判断材料にされたりする。

ま、レッテルについては、別の記事で書きます。



話を戻すと、やはり、悪いのかどうかは、実際に悪事を行なったかどうかで、判断すべきでしょ。

人に貼られた札で判断されては、堪らないわけです。

だから、それを確かめるための調査というのは、すごく大事になる。

邪魔しちゃいかん。

徹底的に調べて、それで判断すればよろしい。

(証拠もなしに、意味なく疑るような場合は別にして)
(レッテルで疑うような場合もありますしね)



いや、ホント、実際を無視したら、怖ろしいことになる可能性がある。

実際にしたかどうかが軽んじられ、人間に貼られた札で判断されるかもしれない。

そんなことになったら、訳が分からなくなる。


ある時は、してもないのに、したと言われるかもしれない。あるいは逆に、札さえ張り替えたら、所属するカテゴリの名前さえ変えてしまったら、実際にしていることはそこそこに、別のイメージを持つことになったりする。

そんな馬鹿げたことが、生じてしまう。


ある種の詐欺師は、一度得たノウハウをもとに、手法や会社の名前を変え、また人を騙すといいます。

それと同じようなことが起こる可能性だってある。


昔、不正を行なっていた人間が、その組織を飛び出し、名前の違うカテゴリに身を置き、今までと同じかそれ以上の不正を行ない、それで帳消しになるとしたら、とんでもない。

何かしらの名前を変えようはが、カテゴリ名を変えようが、不正を行なっているとしたら、それは罰せられて当然。

悪いか悪くないかは、実際に悪事を行なっているかどうか、それによって証明されます。他は関係ない。

だから、人に貼られた札ではなく、何をしたか、その事実を調べる。

他に判断材料など、ないでしょう。



悪を罰しないものは
悪をなせと
命じているのだ。


○○を罰しないものは
○○をなせと
命じているのだ。


少なからず、こういうことになってしまう。

その気がなくとも、そういうことにつながりかねない。



問題は、実際にしたかどうかです。

してないならシロであり、していたらクロ。

カテゴリも、レッテルも、推測も要らない。

事実関係を、徹底的に調べればよい。

信じるとか信じないとか、認められたとか、信任されたとか、そんなことは罪には関係ない。

事実として、悪事を行なったかどうか、それだけ。


細かいことを言い出せば、故意か故意でないかとか、いろいろあろうとは思いますが、事実関係が中心にあることは間違いないでしょう。



事実を調べる、

そこだけは譲ってはならないし、邪魔してはならないと思います、





平気でうそをつく人たち―虚偽と邪悪の心理学
平気でうそをつく人たち―虚偽と邪悪の心理学





タグだけ張り替えて、中身は多くの人が憎んでいるものだとしたら、どうします?





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Author:南方 城太郎
生息地:関西
分類:昭和人間
生まれ:
黒電話、赤電話が主流で、冷房は扇風機、暖房は石油ストーブと炬燵という時代


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