ユング心理学の視点から見た日記。スーパー戦隊シリーズ キョウリュウジャー、トッキュウジャー、東のエデンのレビューと感想。エニアグラム、子どもが育つ魔法の言葉、話が通じない人の心理、自分に気づく心理学。ドラマやアニメから学ぶ人生観。
 
誇大視とは、実際以上に大きく見たり、見積もること。

拡大解釈とは、実際より広げて解釈すること。

過小評価は、実際より低く見積もること。

個人の場合だと、悪いことや否定的なことは大きく見積もり、よいことや問題ないことは小さく見積もります。

欠点やミスなどは実際より拡大し、長所や自分がしたよい行いは、そんなにたいしたことないと、引き下げてしまう。

そいういった認知の歪み。

(こうして見ると、日本人らしい側面ともいえるだろうか。自虐的とか、自分を引き下げて紹介するとか。それも、日本という社会を生きるために見つけ出した、方法なのかもしれません)



価値観の違いというものがある以上、何らかの「それ」をどう見るかには、個人差があるものなのでしょう。

しかし、誰が見てもおかしい、というような場合もあって、それが慢性的に続くのは、考え物。

否定的なものを大きく見積もり、肯定的なものを低く見積もれば、あまりいい気分にはなりません。

気持ちは反応なので、ひどく否定的なものに接すれば――実際はそうではないのに――気分は沈んでしまいます。

本当はそんなに悪くないんだけど、すごく悪いと認知するので、心はそのように反応してしまう。

傷だらけのメガネで世界を見れば、世界が傷だらけに見えるような、そんなことが生じてしまいます。

実際に傷があるのは、メガネ(物の見方)なんですけどね。


けったいな例え話をすると、落ちているカリントウを見ても何とも思いませんが、カリントウと犬のウ○チを見間違えれば、驚いたり、嫌な気分になるんです。

実際はカリントウだとしても。



話を戻しますが、社会的にも、このような歪みは生じるようです。

一方に対しては、不可思議なほど高く見積もり、他方に対しては、不思議なほど低く見積もる。

前述のとおり、人には価値観の差があるのですが、それだけではない歪みが、窺えたりします。

例えば、同じ主張をしても、一方は評価するのに、他方は批判するような。

また、一方には過剰なまでの擁護を見せ、他方は蛇蝎が如く扱うとか、そんなことも。

あるいは、否定的なことは大々的に取り上げ、肯定的なものについては触れないような、そんなこともあるかもしれません。


それも個人がやる分には影響は手の届く範囲にとどまりますが、力の強い伝える人がこれをやると、ややこしいことになる。

どれだけ業務を遂行していても、業績を上げていても、問題なくやれていても、素直な評価というものが、なされません。

いったん否定的に捉えるレールができてしまうと、何でもかんでも否定的に捉えてしまう。癖のように、なっちゃうんですね。

そしてそれを伝え聞いた多くの人は、実際を検証するのもほどほどに、怒ったり、嘆いたり、憤ったりする。

認知の歪みにより伝える人が見た世界を実際の世界だとしてしまい、同じように感情を動かされてしまいます。

実際はどうかは別にして、ですね。



今まで書いてきたように、前提を間違えば、選択を間違えます。

そこそこできているものを、できてないと捉える。

そんなに悪くないものを、すごく悪いとする。

また逆に、ほとんどできてないのに、それに触れない。

けっこうな問題なのに、それを隠す。


こういうのは選択以前に、認知の問題ですね。

正しく認知できてないか、何かが認知を邪魔している。

あるものを無いように扱い、無いものをあるように扱うかもしれません。



こういうことを正すには、書き出すことが大切かも。

長所と短所、成果とミス、できたこと と できなかったこと、強みと弱み。

予想していたことと、実際。

そういうものを書き出して、思っていたことと実際のギャップを正します。

見積もりの間違いを、だんだんと修正する。


インターネットが出てきて、今まで一方的に与えられるだけだった情報に、変化が出てきました。

自分で異議を唱えることもできるようになったし、近くで見てきた人が これは違うと抗議することもできる。

アンフェアな見方に怒ったり、触れられない成果を書き起こしてくれる人だっている。

自分で調べたり検証したりするツールとしても、使えます。


が、その一方で、まだまだ伝える人の影響力は、大きいようです。

なので、伝える人に認知の歪みがあれば、それは拡散され、世の中に広まる。


捉え方はどうあれ、そんな状態に危機感を覚えたり、これはひどいと声を上げる人も多くなりました。

その数は、ひょっとしたら、これからも増えるかもしれません。

そんな時、伝える人はどうするか。

自身を改め、世の中と共に変容するか。

それとも、世の中だけが変容し、もういいですと、捨てられるか。

先にあるものは、まだ不透明です…





自己評価の心理学―なぜあの人は自分に自信があるのか




自信をもてないあなたへ―自分でできる認知行動療法





見積もりの間違い自体は、誰にでもあるんでしょう。

ただ、それを慢性的に放置すると…






<<「間違った前提/認知の歪み 社会編(14)」
   「感情と現実の混同/認知の歪み 社会編(16)」>>


 → 認知の歪み




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Author:南方 城太郎
生息地:関西
分類:昭和人間
生まれ:
黒電話、赤電話が主流で、冷房は扇風機、暖房は石油ストーブと炬燵という時代


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