ユング心理学の視点から見た日記。スーパー戦隊シリーズ キョウリュウジャー、トッキュウジャー、東のエデンのレビューと感想。エニアグラム、子どもが育つ魔法の言葉、話が通じない人の心理、自分に気づく心理学。ドラマやアニメから学ぶ人生観。
 
大河ドラマ「龍馬伝」、第5話「黒船と剣」より――



龍馬伝 前編 (NHK大河ドラマ・ストーリー)
龍馬伝 前編 (NHK大河ドラマ・ストーリー)



嘉永6年(1853年)6月、マシュー・ペリー(ティモシー・ハリス)提督率いるアメリカ合衆国の東インド艦隊が、浦賀沖に現れました。

来る軍艦は4隻、搭載されている大砲は、計100門にも及ぶという。

この報せを受けた老中首座・阿部正弘(升毅)は、浦賀奉行らに対応させます。時間を稼ぎ、対策を練る腹づもりでした。



旗艦“サスケハナ”(USS Susquehanna)での会談で、来航の目的がアメリカ合衆国大統領からの親書を渡しに来たのだということが分かりました。

交渉が続く中、ペリーは親書の受け取りを拒むなら――親書を受け取るに値する身分の高い役人を派遣しないならとも――兵を上陸させ、江戸に向かうと脅しをかけました。

これを受けて阿部正弘は江戸沖一帯の守りを固めるよう、各藩に命じます。

龍馬(福山雅治)と溝渕広之丞(ピエール瀧)も、警備に駆り出されることになりました。



品川海岸で有事に備える、龍馬たち。

訳も分からぬまま、何の効果があるのかよく分からない準備をさせられ、海岸線に立たされます。

黒船の噂を聞くうち、龍馬は実際に見たくなってしまいました。

龍馬はこっそりと陣を抜け出します。

「わしは世の中を見るために、江戸に出てきたがです。黒船いうもんを、この目で見てみたいがぜよ」

幸か不幸か、乙女(寺島しのぶ)との約束が果たされることに。



一方、日本側の煮え切らない態度に業を煮やしたペリーは、ミシシッピー号を江戸湾にやります。



抜け出したはいいが、他の海岸線は別の藩が警備しています。

龍馬は不審者に間違われて、逃げ出しました。

追われて岩場に隠れる、龍馬。

何とそこには、桂小五郎(谷原章介)の姿が。

彼もまた、黒船を見に来ていたのでした。


桂さんの言う通りになったと、龍馬。しかし、桂自身も驚いているといいます。実はあれは、松陰先生の受け売りだと。



そのふたりの目の前に、ミシシッピー号が姿を現しました。

黒塗りの威圧的な船体。蒸気機関で外輪を回し航行する。

轟音に黒い煙を吐きながら、重厚な船体を移動させてゆく。

龍馬はその姿に圧倒され、言葉にならない声を発しながら、刀を構えるしかありませんでした。



ヤック・デカルチャー、いや、カルチャークラブ、いや

カルチャーショック。

その衝撃は、龍馬の中にあったいろんなものを吹き飛ばしたようでした。



ペリーの威圧的な作戦が功を奏してか、幕府は大統領親書を受け取ることに。

その親書とは、開国を促す親書でした。

これに対し、幕府は返答に1年の猶予を要求。ペリーは1年後に返事を聞きにまた来航すると告げ、帰ってゆきました。

たった10日間の来航。しかし、その衝撃は凄まじく、結果、多くの者が既存の体制に疑問を持つことになりました。



黒船来航の報せは、土佐にも伝わりました。

武市道場では、幕府の体たらくぶりが槍玉に挙げられます。

また、1年後の来航に当たっては戦だと、皆して気炎を上げるのでした。



弥太郎(香川照之)も、加尾(広末涼子)に熱く語ります。

アメリカは日本に開国を迫っている。しかし、それをやった清国はイギリスに乗っ取られた。

「今こそ、わしのような優れた者が求められる時代ぜよ!」

弥太郎は加尾の目から視線を外さず語りました。

おお、ポカホンタス



その加尾は、兄・平井収二郎(宮迫博之)に、弥太郎のところに通っているのかと、問い詰められました。

学問を習って、世の中のことを知って、どうするのかと。

加尾は言います。

縁談を断った折、もう嫁の貰い手がないと言ったのは兄上だ。これからは一人で生きていくことになるかもしれないので、世の中のことぐらい知ってないと困る。

また、心配する兄に対し、もう子供扱いはしないでくれ、と。


でも、なぜか、頭の中に浮かぶのは、龍馬の姿。

「わしは、おまんが好きじゃ」
「けんど、今わしは、世の中のことを知りたいがじゃ」


だから、わたしも…

ああ、弥太郎。神様は君にはイジワルだ。でも心配するな、埃フェチには大人気らしいぞ



千葉道場で剣術修業に励む、龍馬。

しかし、ここ何日か剣に切れがないと、重太郎(渡辺いっけい)に指摘されます。

龍馬の頭からは、あの黒船のことが離れませんでした。

何とかそれを振り払おうとする龍馬の前に現れたのは、佐那(貫地谷しほり)。それも、めずらしく娘らしい着物を身につけている。

佐那は貰い物だからと、きんつばを手渡しました。



龍馬が悩んでいる様子を見ていた、佐那。

はじめ誤魔化そうとした龍馬ですが、無理だと悟って、正直に話しました。

実は黒船を見た。あのような化物に、刀は通用しない。もし異国と戦になれば、剣など役に立たないだろう。

しかし、佐那は言います。

あなたは江戸に剣の修行に来たのだろう。それに、ここは千葉道場だ。剣が役に立たないなど、父や兄の耳に入ったら、あなたはここには居られなくなる。

佐那は龍馬に、そんなこと口が裂けても言ってはなりません、と念を押しました。



自分の信じてきたものを、好きな人に否定される。

自分が女であることを、受け容れ始めた矢先なのに。

佐那もつらいところです。



そんな折、兄・重太郎に、坂本に惚れたのか? と、問われました。

分かりませんと答える、佐那。

ただ、龍馬のことを今までのように見られないと。そして、どうしてなのか自分でも分からない、とも。

あら、それが惚れたってことよ

それは恋をしている証拠だと興奮する、重太郎。

坂本なら悪くないと、たいそう嬉しがります。

そして、お前の恋は必ず成就させたやると、ひとり盛り上がって出て行ってしまいました。





(後半に続きます)





日本開国 (アメリカがペリー艦隊を派遣した本当の理由)
日本開国 (アメリカがペリー艦隊を派遣した本当の理由)


龍馬伝〈1〉
龍馬伝〈1〉





ペリーについて無邪気に質問する、弥太郎の生徒。

でも、加尾に夢中の弥太郎は、彼らをぞんざいに扱います。

その絶妙な間に、笑いました。



それはともかく、龍馬との出会いで、佐那は自分の中に眠っていた、女性を活性化させたようです。

まだまだ芽生えのようですが、育っている様子。

それは今まで眠っていたものだけに、佐那も戸惑い気味。


ただ、その御相手は苦悩の中にあるようで、それ故に、佐那の戸惑いも大きくなるみたい。

静かにゆっくりとは、いかないようです…





<<「第4話 江戸の鬼小町」「第5話 黒船と剣 後編」>>





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大河ドラマ「龍馬伝」、第5話「黒船と剣」の後半部分――



龍馬伝 前編 (NHK大河ドラマ・ストーリー)
龍馬伝 前編 (NHK大河ドラマ・ストーリー)



どうしても黒船のことが頭から離れない龍馬は、長州藩邸の桂のもとを訪れます。

桂さんは平気なのか? あの黒船を見て、今までと同じようにしていられるのか?

龍馬は正直に訊ねました。

「あれを見て何とも思わん人間が、この世におるんか!」、怒気を帯びた声で答える、桂。

彼もまた、龍馬と同じ思いだったのです。

あの日以来眠れないという桂の顔は、げっそりして、目の下には深い隈(くま)が。


もう日本は、これまでのようにはいかないだろう。何もかもが変わってしまうかもしれない。「攘夷っちゅう言葉を、知っとるか?」と、桂は訊きました。

攘夷、それは日本が異国から侵略されるのを断固として阻止するという意味だと、桂は説明します。

龍馬はそんなことは当たり前だと言いますが、桂は、もはや日本は鎖国を止め、アメリカもロシアもフランスも、受け入れるしかないと言います。が、それは、自分の師匠である佐久間象山の意見。

一方、剣術の師であり友でもある斎藤新太郎(練兵館・斉藤道場、神道無念流)は、異国の連中と仲良くするなどとんでもないと主張しているとも。

そして、桂自身は、分からんと。

だから、懸命に本を読んでいる。学問がないと、知識がないと、何も判断できないから、そう言います。



龍馬は自分の気持ちを、吐露しました。

実は自分も悩んでいる。このまま剣術修行を続けてもいいものか。もう何もかも、変わってしまうかもしれない。それなのに北辰一刀流を極めることに、意味はあるだろうか?

剣を捨てるということは侍を辞めるということだ、桂は静かにそう言いました。

そして、己の生き方に関わるような大問題を他人に訊くな、とも。



幕府は幕府で、混乱していました。

やっと親書の和訳が完成したという時に、12代将軍・徳川家慶が薨去(こうきょ)。

四男の家定(小須田康人)が跡を継ぐことになりました。(他の男子は早世)


病弱であったとも、脳性麻痺があったとも言われる、13代将軍・徳川家定。

故に、阿部正弘に政務を一任していたといいます。

それはともかくとして、幕府はアメリカ大統領親書の内容を、全国の諸大名にすべて公開。これを受け入れて開国に踏み切るか、あるいは、戦を覚悟で鎖国を貫き通すか、意見を募ります。

徳川幕府ができて250年、政治に関する意見――それも国の一大事に関する意見――を求められるのは、異例中の異例でした。

そしてこの出来事が、諸藩の心ある者たちにも火をつけることに。

皆が日本国の行く末を、論じ始めたのです。



武市半平太(大森南朋)は、黒船に関する意見書をしたためます。

弥太郎もまた、ニワトリが鳴くのを聞きながら、城に出す意見書を書いていました。

こうして出された意見書が、土佐では抜擢人事につながったといいます。

吉田東洋(田中泯)も、そのひとり。東洋は藩主・山内豊信(近藤正臣)に登用され、参政(政治に参与する職)に。以後、改革の中心となります。

そして、下士である武市もまた、評価されるのでした。



それを聞いてショックを受ける、弥太郎。

自分の意見書は…。

しかし、捨てる神あれば拾う神あり、人生とは分からないものです。



土佐の坂本家に、龍馬から手紙が届きました。

もし異国と戦になったら、自分は異人の首を討ち取って、土佐に戻ってくる、そう書いてあります。

皆は勇ましいと喜びますが、乙女だけは怪訝な顔。

さっそく返事を書き送ります。


異人の首を討ち取って帰るという手紙は、みんなは喜んでいたが、わたしはお前らしくない手紙だと思った。日本のことを考えるのはいいことだけど、お前が戦をしたがっているようには思えない。

「世の中を知るいうことは、みんなと同じような人間になることではないがぞな、龍馬。おまんらしい生き方を、探しなさい。それを見つけてこそ、自分が何を成し遂げるために生まれてきたがか見つかるがじゃ」


自分らしい生き方とは何か?

龍馬は畳に転がりながら、絞り出そうとしました。



そんな龍馬の迷いを、千葉定吉(里見浩太朗)は見抜いていました。

「お前の心は、どこにある?」、そう問う、定吉。

心は今ここに、と答える龍馬に、定吉は打ち込んでくるように言います。

気合と踏み込みで威嚇する龍馬ですが、定吉は微動だにしません。まるで山のようで、隙がない。

打ち込んでも、簡単にかわされる。渾身の一撃も、受けきられてしまう。

最後は足を払われ、勝負あった。


「心をどこかに置いてきたような者に、剣の道が見極められると思うのか! 己を見直して、出直して来い!」

すべて見抜かれていました。



龍馬は正直に、わたしの心はここにはありません、と話しました。

黒船は信じられないほどでかい。黒船の大筒に比べれば、刀など縫い針だ。戦になったら、刀など役には立たない。

「わしは、何のために、剣術を修行しちょるのか、もう分からんがです!」


それを受けて、定吉はあらためて問います。

剣の道を見極めるのに意味がないというなら、お前はなぜここにいるのか?

龍馬は道場から出て行くように、言い渡されてしまいました。



悩める龍馬、何を見出す…





図説坂本龍馬
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銀魂 シーズン其ノ参 10 [DVD]
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未知なるものは、時に、凄まじい衝撃を与える。

今ほど情報のない当時なら、なおさら。

情報のある今だって、実際に触れたら、分からない。


その衝撃が大きすぎると、今までの価値観が吹き飛ばされて、もう、今までどおりにはいかなくなる。

これでいいのか? これから、どうすればいいのか?

今までの枠が破壊されるので、新たな枠を構築しなおさないといけなくなる。


しかし、万物には、よいも悪いも含まれる。

創造のための破壊だってある。

これが天のセッティングだとするなら、意味は必ずある。


時代は動き始める。

若い力は、何を生み出す?





<<「第5話 黒船と剣 前編」「第6話 松陰はどこだ?」>>





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出直して来い。

出直して、来い、

出て行って、悩んで、答えを見つけて、スッキリしてから、またおいで。


あるいは、原点にかえれ。




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何となく観はじめた、アニメ「デュラララ!!」。

面白くなってきました。


第4話では、“首なしライダー”の中の人について語られていたので、ちょっとだけまとめてみます。



デュラララ!! (電撃文庫 (0917))
デュラララ!! (電撃文庫 (0917))




TVアニメーション「デュラララ!!」



池袋でまことしやかに語れる都市伝説、「首なしライダー」。

ライトもナンバープレートもない漆黒のバイクと、それにまたがる漆黒のライダースーツを身にまとった、謎の存在。

しかもそのライダーには、首がないという。



20年前、彼女が目を覚ました時には、既に首がなかった。

しかも、様々な記憶も欠落している。

どうして、そうしたいのか? どこで生まれ、今まで何をしていたのか? 自分でも分からない。

ただ、自分が“デュラハン”と呼ばれる存在であり、名を“セルティ・ストゥルルソン”ということ、また自分が持っている能力の使い方だけは、覚えていた。

彼女は首から上が無いにもかかわらず、生きていたし、ものを考えることもできた。


セルティには首が無かったが、自分の首とおぼしき気配を感じ取ることはできた。

彼女はその能力で、怪しくないように、鎧を身にまとい――そうすれば首が無くても気づかれない――傍にいた首無し馬コシュタ・バワーの“シューター”(馬の死骸に憑依させたデュラハンの使い魔の様な存在?)にまたがり、首の気配を追う。



彼女は推測する。自分の意思はもともと頭と身体で共有していたものであり、欠落した分は、頭の方に含まれているのではないか?

すべてを知るには、頭がいる。自分の存在意義を見出すには、頭が。

そして、頭の無い今、頭を探すことが、首なしの自分の存在意義。



わずかな気配を追うセルティですが、首は海外に渡ったようでした。行き先は、日本。

彼女は、首なし馬を漆黒のバイクに変化させます。首なしの馬を船には乗せられない。



デュラハンを知る老人によれば、デュラハンは首を無くしたのではなく、首がどうしても決まらないのだという。

老人はその昔、怖ろしくも美しい、女性のデュラハンを見たといいます。

彼女は、首なし馬が引く馬車に乗り、片手で手綱を握り、もう片方の手で、己の首を持っていた。

しかし、老人はその首を描くことができない。

あの日の記憶は確かなのに、描けば描くほど違って見える。どうしても、あのデュラハンに辿り着けない。

また、言葉でも説明できない。


老人もまた、ある意味で、デュラハンの首を探しているようでした。



日本行きの船に密航したセルティは、岸谷新羅(きしたに・しんら)に姿を見られてしまいます。

驚いた新羅は、父・森厳(しんげん)に報告。

森厳は新羅の証言を笑うでもなしに、現場に行くと、セルティと会い、交渉までしました。

一度だけ解剖させてくれれば、日本での居場所を提供する。

セルティはそれを承諾します。



約束どおり、森厳はセルティを解剖。

また、4歳の新羅にも、解剖させるのでした。



こうして日本に辿り着いたセルティは、新羅と同居しながら運び屋の仕事をしつつ、自分の首を探す…





デュラララ!! 1 (Gファンタジーコミックススーパー)
デュラララ!! 1 (Gファンタジーコミックススーパー)





首、

頭、

顔、


個人を個人たらしめるもの。

人は顔を見て、相手が誰か判断する。

(概ね…)




頭、

理性、考え、意思。



首、

息をする、

時に、感情や意思などを示す。

首を傾げる、首をひねる、首を横に振る。

また、命に関わる。

斬首、首切り、首狩り。

頭と体をつなぐ。



顔、

容貌の中心?

表情を表すもの、

社会での対面や名誉、

知名度、

時には、集団の中心(チームの顔など)、

面目、

互いに見合い、読みとるもの…




頭を探す、首を探す、顔を探す。

自分のそれを…





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ユングの生涯や彼の体験した「創造の病」、「能動的想像法」の概略や「錬金術」については、順番を前後して、後で触れようかと思います。


今回は、“元型”と“集合的無意識”についてです。



元型は「われわれすべてに共通する心の構造」であり、そのすべてが合わさって「古代からの人類の遺産」を構成している。しかるべき機会には元型は階級・宗教・人種・地理的位置・歴史的時代にかかわりなく、人間のうちに似たような思考・イメージ、神話素、感情、観念を生じさせる。ある個人の元型的蓄えの全体が集合的無意識を構成し、その権威と権力は、人格全体を統合している中核に帰属する。その中核をユングは<自己>と呼んだ。




ユングは、人間には普遍的な意識構造があると考えました。

(普遍的とは、「すべてのものに共通している」といった意味です)

人間には各個人の経験によって形成される“個人的無意識”がありますが、それと共に、もともと備わっている無意識の層がある。先天的に有する無意識がある。そう考えたのです。

大人と子供の区別なく、あるいは時代や地域差の区別もなく、すべての人間が持っている無意識があると、ユングは考えました。

それが“集合的無意識”。

そして、その集合的無意識を構成するのが“元型”ということになります。



「元型は『われわれすべてに共通する心の構造』であり、そのすべてが合わさって『古代からの人類の遺産』を構成している」

「ある個人の元型的蓄えの全体が集合的無意識を構成し、その権威と権力は、人格全体を統合している中核に帰属する」



壮大な話になりますが、宇宙を巨大な樹だと考えた時、我々個人の持つ意識は、枝の先ということになります。枝分かれした一つひとつの先っぽ。それだけを見ると、個別の存在、個人に見える。同じ種でありながら、個体差をもつ存在。

しかし、我々は同時に、見えない領域――すなわち無意識の深い層――ではつながっている。枝が元を辿っていくと幹につながるように、枝の一つひとつは実はひとつの大きな樹の一部なのです。


ただし、この世に生きる我々は、枝の先っぽしか見ることができません。いや、実は、自分自身という枝は見えず、この目で見るのは、他者という他の枝。我々が見るのは実は、鏡や他者に映った自分であり、投影なしに自分自身、自分そのものを見ることができない構造になっているようです。

そういうわけで、枝の先の自分さえ投影なしに見ることのできない我々人間は、枝の奥、幹や樹の全体像など見ることはできません。根元も見えない。


見ることはできない。けれど、確かにつながっている。影響も受ける。

集合的無意識や元型というのは、そういうものなのです。



元型というのは、字の通り、「型」です。型というぐらいだから、それそのものは見えません。だいたいが、見えない内側の、ずっと奥にあります。

元型はある意味では、「素数」に似ているかもしれません。素数とは、1 と自分自身以外には約数をもたない正の整数(大辞林より)。もう、1 とその数以外のどんな自然数でも割り切れない。

元型はいわば、それ以上割り切れないような、人間の持つ構造の核なのかもしれません。それをいくら分析しても、それ以上は簡単にならない成分。(要素)


元型には、影やアニマ・アニムス、太母や老賢者、自己などがあります。


例えば、「母」で表現されるものは、この世にたくさんありますよね。

実際の母から、母なる大地、母なる海、命の母A、母屋とか母国なんて言い方もします。

このように、物事を生み出す存在や、生み育てる存在を、母という存在と絡めて表現する。

それら全部の根源となるものが、元型として存在することになります。

それらのすべて、いいも悪いも、何やかんやすべて含めた根源、それでいて、もうそれ以上割り切れない元になるもの、それが“太母”という元型。

全部の性質を包含しながら、それでいて、たった一つの存在。(それに関係するものなら)何にでもなれる、元になる要素。



何にでもなれるということは、どんな現れ方をするか分からないということでもあります。

「母なるもの」という元型があるとすると、それは包み込むようなやさしさを持って顕現するかも分からないし、逆に、すべてを呑み込む怖い存在として顕現する可能性だってある。

我々の目に留まる静止画のようなポイントではいろんなカタチをとるし、すごくよいと思うものもあれば、すごく怖いと思うものもありますが、それは正反対なようで、実はひとつの根源から来ていたりするのです。

多面的な性質のどの部分が顕現するかによって、枝の先である我々の意識が捉える印象は、すごく違ってきます。

また、多面的だから、人間はそれを同じものだと認識し難い。


しかし、この性質について、A・スティーヴンズは、面白い説明をしてくれています。



元型はある物の一般的特徴を具現化しているという意味では集合的であるが、同時にその個別の発現の中にもやどっている。例えば人間の指紋はその形状からすぐに人間の指紋だと分かるが、同時に、一人ひとりの指紋はすべて形が違う。それと同じように元型は普遍的なものと個別的なもの、一般的なものと独特のものを併せ持っている。つまり、人類全体に共通でありながら、一人ひとりの人間に、その個人特有の形であらわれるのである。

(原文は、太字部分が傍点)




例えば、目の前に何かが現れるには、それに足るだけの環境や要素が必要になります。

影が現れるには、光源も必要だし、映す先も必要です。真っ暗な中では何も映らないし、例え光源があっても、映す先や映る元がないと、映りようがない。

だから、枝の先がどんな素養を持っているかとか、他の枝とどんな関係にあるかとか、どんな布置に置かれているのかとか、そういうことでも、どんなカタチで元型が生じてくるかは、千差万別なんでしょう。

それは同じ根源を有している、けれど、表に現れるカタチは同じとは限らない。そういうものなんです。

円錐は、光を当てる角度によって、投影される像は変わってきます。三角にもなれば、円にもなる。シルエット・クイズみたいなのがありますが、どの方向から見るかとか、どこから光を当てて影を見るかとか、そういうので、目に見える像というのは変わるのです。



我々人間は自分自身を見ることができない。また、ずっと奥にある自分自身の根っこも、見ることができない。

ただ、それは、他者との関係の中で活性化され、何らかの像を顕現させる。

それらはあらゆる差を越えて、繰り返し現れる。

そんな目には見えない、けれど表に(像が)現れる、そんな型に、ユングは注目しました。




次回も、もう少し、元型と集合的無意識について…





人間と象徴 上巻―無意識の世界
人間と象徴 上巻―無意識の世界





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食道外科の若き権威者と呼ばれ、手術の腕前にいたっては師を超えると評される、国立浪速大学第一外科助教授・財前五郎。

彼は野心に燃えていた。



白い巨塔 [DVD]
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次期教授就任を確実視されていた財前でしたが、その野心や自信が裏目に出てか、師である東教授との溝が日に日に深まってしまいます。そして、東は自らの退官に際して、教授のポストを財前に譲るのではなく、自分が影響力維持できる者に引き継がせようとするのでした。

さらに、財前を以前から快く思っていなかった、整形外科の野坂教授も候補者を擁立することになり、次期教授選挙は三つ巴の様相に。

現金による実弾攻撃、選挙後のポストの割り振りを武器にした工作、それぞれの思惑が絡み合う裏の活動を経て、選挙が実施されました。

最後は財前と菊川の決選投票になりますが、辛くも財前が勝利。第一外科次期教授の椅子を手に入れました。



敗れた東は、何とも寂しいカタチで大学病院を去ることに。

一方、財前は内外でその腕を評価され、自信を深めます。しかし、自身が手術した胃がんの患者・佐々木庸平に対する態度が、思わぬ波紋を呼ぶことに。

診察からして丁寧とは言いがたい状態だった、財前。ドイツでの講演を控えていた財前は、同期の里見や部下の柳原が言うのも聞かず、検査もそこそこに手術に踏み切ります。

が、術後に佐々木は急変。にもかかわらず、財前は直接診断しようとはせず、柳原に指示しただけで、ドイツへと出発してしまいました。

ドイツでも評価された財前でしたが、帰国直後、自分が医療訴訟を起こされたことを知ります。

裏工作に奔走する、財前サイド。一方、遺族側には、里見と東の姿が。

いったんはピンチを迎えた財前ですが、第一審は勝訴。

法廷は、財前の道義的な責任は認めながらも、法的な責任は問えない、と判断しました。



この裁判により、里見はつらい立場に。

敗訴に打ちひしがれる遺族。いったんは退くことも考えましたが、思い直して控訴を決意します。

これを知った財前は、柳原に令嬢との縁談をあてがうなど、工作を強化。ただ、柳原は、良心の呵責に耐えかねていました。今にも壊れそうな状態に。

一審とは違い熱意を取り戻した弁護士・関口や里見の協力もあり、裁判は違った展開に。カルテが改ざんされた形跡が見つかるなど、予断を許さない展開となりました。

そんな中、学術会議選挙や日々の激務からか、財前は体調を壊します。

疲労の色を強める財前。裁判終盤での当事者尋問では、関口弁護士に圧されてか、柳原に責任を押し付けてしまいました。


財前にとっては、事前に打ち合わせたとおりだったのかもしれません。裁判を戦い抜く手法だったのかもしれない。しかし、精神的に追い詰められていた柳原は、これに従えませんでした。

「嘘だ!」

半ば錯乱したような状態にも見えた柳原ですが、法廷で真実を証言します。

さらに、大学病院から飛ばされていた看護士・亀山の証言も得ることになり、第二審では、財前側が敗訴しました。



上告を決意する財前でしたが、彼の中ではあるものが進行を…





白い巨塔 DVD-BOX 第二部
白い巨塔 DVD-BOX 第二部





権威者、選挙、実弾(買収に使う現金)、

裏工作、協力者、部下への責任転嫁、



白い巨塔では、良心の呵責と、憧れていた人に裏切られたことで、元部下は真実を話しました。

白い巨塔では…





アルカポネに引導を渡したのは、国税だったかな?





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「悪を罰しないものは/レオナルド・ダ・ヴィンチ」





罪から逃れる最良の策は、

罪を隠すことではなく、

罪を犯さないことだ。





【追記】

付け加えておくと、この小説なりドラマなりをステレオタイプの材料とし、医者をそういうものだと思うのを、私は好ましく思いません。

医者に限らず、人は個人で判断されるべき。

その材料は、“身口意”だと思う。


本来の意味からは少し離れるかもしれないけれど、それは、態度やしたことであり、口から出た言葉であり、思っていること、なのだと思う。(思っていることは第三者には分からないけど)




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■ プロフィール

南方 城太郎

Author:南方 城太郎
生息地:関西
分類:昭和人間
生まれ:
黒電話、赤電話が主流で、冷房は扇風機、暖房は石油ストーブと炬燵という時代


日記について


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