ユング心理学の視点から見た日記。スーパー戦隊シリーズ キョウリュウジャー、トッキュウジャー、東のエデンのレビューと感想。エニアグラム、子どもが育つ魔法の言葉、話が通じない人の心理、自分に気づく心理学。ドラマやアニメから学ぶ人生観。
 
NHKスペシャルドラマ、「坂の上の雲」より――



NHKスペシャルドラマ 「坂の上の雲」 オリジナル・サウンドトラック
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第1回、「少年の国」



明治元年、少年は走っていた。弟か妹が生まれるのだ。

しかし、少年は妙なことを口走っていた。

「助けてやらにゃあ、助けてやらにゃあ」

そう呪文のように呟きながら、少年は走る。



時代が変わるとは、前の時代が終わることでもあります。今までが破壊されるのです。

明治維新。

幕末、松山藩は幕府方についていました。長州征伐では先鋒を任され、財政難に陥ったといいます。そして訪れる大政奉還。鳥羽伏見の戦いでは朝敵とされましたが、戦わずして恭順。そこで言い渡されたのが、朝廷に降伏せよ、15万両の償い金を差し出せ、というもの。

この支払のために松山藩の財政は底をつき、藩士の生活は困窮を極めることになったといいます。



少年の名は、秋山信三郎好古(田中祥平)。

騎乗を許されない下級の武士、御徒(おかち)の家である秋山家の暮らしも、決して豊かではありませんでした。

そこに5人目の子が生まれたのです。

案の定というか、父・秋山久敬(伊東四朗)は、生まれた男の子を寺にやるしかない、と言います。

しかし、信三郎は猛反対。やがて自分が勉強してお金を儲けるからと、懇願します。

「うちが守ってやる。お前を、守ってやるけん」

その言葉どおり、生まれた弟は、家で養育されることになりました。



16歳になった信三郎(染谷将太)は、銭湯で風呂焚きをしていました。武士が銭湯を始め、その銭湯で、武士の息子の信三郎が風呂焚きをしている。

時代の変化が、ここにも。

日々ひもじい思いをしている秋山家ですから、信三郎も日銭を稼がねばなりませんでした。



いつの時代も嘲笑する輩というのはいるものです。方向が違うだけ。

武士が町人を嘲笑する時代もあれば、町人が武士を嘲笑する時代もある。

こうなると、身分や生まれはさておき、嘲笑する人間というのは、どこに生まれようと対象を見つけては嘲笑するのかとさえ思えます。

それはともかく、信三郎もつまらぬからかいに遭うのが日常のようでした。



人間が仮に、嘲笑する人間と嘲笑しない人間に分けられるなら、同じように、嘲笑に対してアクションを起こさない人間と、アクションを起こす人間に分けられるのかもしれません。

内面は分かりませんが、信三郎は嘲笑に対してどうにかしようという人間ではなかったようです。

ただ、末の弟、あの時生まれた秋山淳五郎真之(小林廉)は違ったようでした。兄を馬鹿にする者は赦せない性分のよう。

棒切れ片手に、突っかかります。人数なんて、お構いなし。



学問好きの信三郎でしたが、家の事情で中学には通えませんでした。それを淳五郎はおかしいと言います。「世の中はおかしいぞな」

そんな淳五郎に、信三郎は大事にしている本を見せました。

それは福沢諭吉の「学問ノススメ」。


“一身独立して一国独立する”

人がひとり一人独立して、はじめて国家が独立できる。


信三郎には夢がありました。

お金を貯めて、東京に出て学問をして、いつか福沢諭吉に会う。

信三郎はただ風呂焚きをしているのではなかったのです。

おもてを掃きながら、薪を割りながら、前を見ていたのでした。



一方、淳五郎のほうは、近所でも有名なガキ大将。腕白坊主です。

その幼馴染が、正岡升(ささの貴斗)。後の、正岡子規です。

升は升で、黙っておれない性分のよう。ただし、気性自体は臆病なようです。

が、その分、妹はたくましい。

升の妹・律(吉田里琴)は、囲まれてからかわれている兄を救い出します。

「兄さんをいじめる奴は、うちがゆるさんけん!」

木の枝を振り回して、勇敢にも兄を守ります。

そこに登場したのが、我らが秋山淳五郎とその仲間たち。

ゆるさんもんはゆるさんと、いじめっ子を追いかけ回すのでした。



升の父親もまた、松山藩士でした。それも決して低くない身分。

その父が6歳の時に亡くなり、升が家督を継いでいました。

つまり、升は幼いながらに正岡家当主なのです。



升の母・八重の父は、藩の儒学者である大原観山。

升は祖父にあたる観山の私塾に通い、漢書の素読を習います。



信三郎はある日、大阪に無料で学べる学校があることを耳にします。

そのことを父に問いただす、信三郎。

父は県庁の学務課に勤めており、信三郎の学問好きも知っているはず。なのになぜ、師範学校の存在を教えなかったのか。

父は、学務課に務めているからこそ、家でその話はできないのだと言います。

よいか悪いかは別にして、なかなかお堅いようで。



信三郎は学務課に出向き、父と子の関係を離れて、久敬と話をします。

そこで言われたのが、年齢制限。師範学校の入学規定では、19歳以上となっているのでした。3年足りない。

1日でも早く学問がしたいと訴える、信三郎。

そんな信三郎に久敬は、ひとつの方法を授けます。

大阪では師範学校の試験だけではなく、小学校教員の試験も実施している。それに合格すると、助教を拝命して、給与まで出る。そこで教員をしながら勉学に励むうちに、19歳になる。その時に、師範学校を受験すればよい。

そうと決まれば、あとは旅費の問題だけです。

父と子の関係を離れて話していた信三郎は、父・久敬に向かって、旅費のことは帰って父と相談する、父が何とかしてくれるだろう、と告げます。

これには久敬も思わず吹き出して、「そのほう、よい父を持ったのう」と。



こうして信三郎が旅立つ日が来ました。

伝馬船で沖の船に向かう信三郎に、淳五郎とその仲間たちも別の伝馬船に乗り、見送ります。

そんな弟たちに、信三郎は言葉を送ります。

「やんちゃも、ほどほどにせい。お前らも精出して、しっかり勉強しぃよ。勉強のしあいっこをしようぞな」



“一身独立して一国独立する”



信三郎の一身独立が始まりました…





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第1回、「少年の国」の続き…



秋山淳五郎(小林廉)は、仲間たちと打ち上げ花火を作りました。

兄が旅立った年の4月、正岡升(のぼる:ささの貴斗)の母方の祖父・大原観山(真実一路)が亡くなったのですが、その観山への餞(はなむけ)にと、生前好きだと言っていた松山の花火で、送ったのです。

ところが花火は維新以来御法度とのことで、淳五郎らは巡査に追いかけられ、おかげで母・貞(竹下景子)は、巡査の園田(徳井優)に平謝り。淳五郎も拳骨を喰らうのでした。



花火の打ち上げは、親友とその祖父のことを思ってのこと。気持ちが強く、なまじっか行動力があるばかりに、淳五郎は何かとやりすぎるようです。

巡査に叱られてもどこ吹く風、悪いとは思ってない様子の淳五郎。

ところが貞は武士の妻です。仏壇の引き出しから短刀を出すと、「わたしも死にます。お前も、これで胸を突いてお死に」と迫るのでした。

これには淳五郎も驚いて、素直に謝ります。

武家の時代と明治の新風。

両方が混在し、いろいろとあるようです。



亡くなった大原観山は、一生、髷(まげ)を切りませんでした。生涯を、武士として通したのです。

そして初孫の升にも髷を切らせませんでした。

花火を打ち上げる際、淳五郎は升に「ノボさん、その髷、ええ加減に切ったらどうじゃ?」と、言いました。

その時は、髷は爺さまの魂じゃと断った升ですが、秋山家を訪れた升の頭には、もう髷はありませんでした。ざんぎり頭です。

いつかは切らねばならない髷を、淳五郎の一押しもあってか、升は切ったのです。

時代も、人も、変わってゆく。



時代の過渡期、すべてが新たなものに変わってゆく。

廃藩置県。今までが壊されて、新たなものが作られる。

変化には痛みが。それは廃藩置県とて例外ではなく、全国で200万人にも上る藩士の大量解雇があったといいます。

当然、これには反発が生じるわけで、各地で士族の反乱が生じました。

家禄は廃され、身分的な特権もなくなる。西洋文化の流入もあいまって、不満を抱く者は少なくありませんでした。

佐賀の乱、新風連の乱、秋月の乱、萩の乱、そして西郷隆盛を擁立して、西南戦争が起こります。

この戦いに参加した旧藩の士族、約3万。それに対する官軍が、約7万。

亡くなった者は、士族側6千8百、官軍が6千4百。

この不平士族最後の反乱により、武士の時代が終わりを告げます。



信三郎(染谷将太)が帰省しました。

信三郎は目標通り大阪の師範学校を卒業すると、東京に渡り、そこでも無料の学校に入学しました。すなわち、陸軍士官学校です。

なぜ軍人の道を選んだのか? そんな父・久敬(伊東四朗)の問いに、「わしは、まず食うことを考えとりますけん」と、信三郎は答えました。士官学校はただの上に、小遣いまでくれるというのです。

「人は、生計の道を講ずることに、まず思案すべきである。一家を養い得て、はじめて一郷と国家のために尽くす。父上の教えです」、そう言って信三郎は笑いました。



信三郎は、淳五郎が小学校を出たら、金を送るから中学校に入れて欲しいと、久敬に願い出ます。

「助けてやらにゃあ、助けてやらにゃあ」

あの言葉、あの約束は、今でも守られているのです。



“愚公、山を移す”

“結果というものにたどりつけるのは、偏執狂だけである”

“世間恐るべきは猛獣毒蛇にあらず。壮士暴客にあらず。只只勉強家と沈黙家と謙遜家のみ”


事を成すのは、やり続ける人。

やり続ける人は、怖い。


人が一心不乱になる時、傍観者は笑うかもしれない。

あるいは、先駆者とて、そうだろうか。

ただ、やり続ける人だけが得られるものがある。

明治の一面もまた、こういうところがあったのかもしれません。

日本のかつての強み、みんなして黙々とやり続ける。


西洋化、産業化によって経済を発展させ、兵力を増強する。

富国強兵。明治政府の基本政策のひとつです。


幕末期に突きつけられた、欧米列強との大きな差。不平等条約の苦難。

明治政府は積極的に西洋文明を導入し、経済力をつけようとします。そして、軍備を整えることで、国家の自立を目指すのでした。

植民地になるのではなく、対等に。

現在の情勢、価値観からすれば分かり難いかもしれませんが、西洋化には、国家の存亡がかかっていたようです…



淳五郎も、升も、名門松山中学校に入学します。

中学4年の頃、升(香川照之)は自由民権運動の演説に熱中していました。

自ら壇上に上がったり、警官と揉めることも。

そして、淳五郎(本木雅弘)のほうは相変わらずで、むしろ騒ぎを楽しんでいるようにも。

新しくできようとしている枠と、それに反発する若い力。

いつの時代も、いつの時代も。



その騒ぎの中に駆け込んできたのは、升の妹・律(菅野美穂)でした。

兄のために巡査に食って掛かるという、相変わらずの豪傑ぶり。

その律が持ってきたのは、東京行きを許可する叔父からの手紙でした。

升は松山中学を中退すると、大学予備門受験のため、上京します。



松山に残った淳五郎は、複雑な心境に。

升を応援する気持ちと、ずっと一緒だった幼馴染と離れてさみしい気持ち。

慕っていた兄も東京、幼馴染も東京、仲間の内何人かも東京。

そのうち、東京と聞いただけでイライラしてきます。



そんなある日、父・久敬の口から東京行きの話が出ます。

兄・信三郎から、すべての面倒を見るから淳五郎をよこせと、手紙が届いたのでした。

もやもやもつっかえも、すべてが吹っ飛んだ淳五郎は、涙を流して喜びます。

こうして淳五郎も、故郷を出ることになりました。



「さあ、海じゃ。目指すは、海の向こうじゃ」


父母や仲間たち、律に見送られて、淳五郎は旅立ちます。

こっちを離れて、あっちへ。

初めての世界には何があるでしょうか…





坂の上の雲 (NHKシリーズ NHKスペシャルドラマ歴史ハンドブック)
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第1回、「少年の国」の続き…



真之(さねゆき:本木雅弘)は、まず人の多さに驚いた。

次に、人の動くはやさに驚いた。

客引きの強引さにも驚いた。いろんなものにぶつかりそうにもなった。

その中でもっとも驚いたのが、鉄道馬車だった。

異人さんにも驚いた。街が途切れないことにも驚いた。

(何だか「三四郎」のようになった)

人々には活気があって、まるで祭りのようだった。



さすがに兄の下宿近くまで来ると、静かになった。

兄の下宿先は、佐久間という旧旗本の屋敷。これがすこぶるでかい。

まるで神社かお寺のようだった。



真之は、佐久間家の女中、よし(佐々木すみ江)に案内されて中へ。

中もすこぶる大きかったのですが、案内された先は、掘っ立て小屋のような離れでした。

これでは松山での生活と変わらない。というか、むしろ…



好古(よしふる:阿部寛)は春から、陸軍大学校に通うようになっていました。

ぼんやり待っていると、好古が馬に乗って現れます。

士官服に身を包み、腰にはサーベル。天保銭一枚で風呂焚きをしていた男子は、立派な男になっていました。

眉目秀麗、本人にその気はありませんが、故郷でも留学先でも、女性に人気があったといいます。長身で色白、大きな目に、通った鼻。陸軍大学校教官のドイツ人・メッケルから、ヨーロッパ人に間違われたという逸話も。



贅沢を嫌い、質素な生活を送っていたという、好古。食器はどんぶりひとつで、それでまず兄が酒を飲み、それを弟に渡して、弟はそれで飯を食らいます。おかずは沢庵のみ。

1年後には大学予備門を受けるつもりだと話す、真之。

旧松山藩の子弟たちの学資援助を目的として創設された“常盤会”の給費生になるつもりだと告げますが、好古はそれに反対。

「おまえは、まちごとる。金のことで他人様の厄介になれば、その分だけ気ぃが縮んで、生涯、皺(しわ)ができるんぞ」

そこで好古は、茶碗がひとつしかない理由を話します。

「男子は生涯、たった一事を成せば足る。そのために、あえて身辺を単純明快にしとくんじゃ」

お前は、お前のケンカに勝つことだけを考えればよい。合格することだけを考えて、ひたすら勉学に励めばよい。

兄はそう言いました。



常規(つねのり:香川照之)は、神田の共立学校(きょうりゅうがっこう:現在の開成高)で英語を学んでいました。

そこに真之も加わり、受験英語を学びます。

ジュンさん、ノボさんと互いを呼び、抱き合い、ふたりは再会を喜びました。



初めて本格的な英語に触れ、常規はやや苦戦。一方、どこで勉強したか、真之はセンスを見せます。

ふたりが触れたのは語学としての英語だけではありません。英語学習を通して、西洋文化にも触れてゆきます。

英語教師、高橋是清(西田敏行)は、英語ができないばかりに売られたことがあると、授業で話しました。

13歳の頃、是清は仙台藩の命令により、勝海舟の息子・小鹿と共に、アメリカに留学しました。彼はアメリカ人貿易商に学費や渡航費を着服され、更にホームステイ先で騙され、奴隷契約書にサインしてしまいます。

是清は、「ぼくは、運の強い男なんです」と続けました。子供の頃から、どんなに失敗しても、どんな窮地に陥っても、いつも何とかなってしまう。

このウィットに富む教師・高橋是清は、後に、日銀総裁を経て、大蔵大臣を歴任。1921(大正10)年には、首相になります。

そのふくよかな風貌から、“だるま蔵相”あるいは“だるまさん”、その財政政策から“日本のケインズ”と呼ばれたといわれます。



好古が離れを借りている佐久間家には、多美(松たか子)という娘がいました。お姫様の音変化で、“おひいさま”と呼ばれています。

その多美とばったり出くわした好古は、「チンも馬でお帰りか?」と、声をかけます。「かわいい目が、チンによう似とります」と。

そう言って好古は、多美を馬上から降ろしました。

“ちん”とは珍味のチンでもなければ、天子の自称でもありません。小型犬である狆のちん。

何とか言ってやりたい多美ですが、そこに現れたのは弟の真之。

真之は汚いなりで放屁し、多美と よしの言葉をなくさせます。

よしは多美に念を押します。「近寄ってはなりませんよ、おひいさま。陪臣でございますからね」

陪臣とは、臣下の臣。主君に直接仕える直参の逆。家来の家来、又家来。決して目の疲れ充血に効果的な目薬のことではありません。



ある日、真之と常規は、高橋是清の招きで、横浜の外国人居留地に繰り出します。

そこでふたりは、英国人が日本人古物商より、盗品だとして鎧兜を強引に持ち去ろうとしている場面に出くわします。

英語で一方的にまくし立て、泥棒扱いし、杖で打ちさえもする。

それを見かねた真之は、あの授業で習った一文を読み上げるのでした。

“English gentlemen are philanthropic, assisting the weak and striking down the strong. English gentlemen detest all unfairness and fight for justice while showing great respect for the law.”

(イギリス紳士は博愛精神に富み、弱気を助け、強気をくじく。イギリス紳士は常に法を拠り所にし、犯罪や不正を憎み、正義を貫く)

サル(猿真似)扱いし杖を振るう英国人に対し、真之は大立ち回り。そこに常規も巻き込まれて、たいへんなことに。



それを救ったのもまた、英国人でした。

「君がまだイギリス紳士であるならば、暴力に訴えてはいけない。自らの正しさは裁判所で証明すべきだ。さもなくば、品物をすべて返し、店の主人とあの青年に対し、非礼を詫びるべきだ」

そう言って、乱暴を働いていた英国人を追い返したのです。

彼の名は、アンソニー・ジョーンズ。イギリス海軍の大尉です。

そして、その傍には、高橋是清の姿が。

是清がふたりを呼んだのは、イギリスから購入した最新鋭の巡洋艦“筑紫”を見せるためでした。



筑紫を見ながら、是清は語ります。

「この国の法律、憲法を作り、国会を開く。国としての正義を、世界に示すんです。日本が紳士の国だと、世界に認めさせることができたならば、治外法権はなくなるでしょう」

是清もまた、先を見ていました。


まだ西洋には認められていない、少年の国、日本。

西洋文化を取り入れ、咀嚼し、我が身とする。

日本の魂を持ちながら、西洋を先人とし、法、経済、軍事を学ぶ。

欧米列強にしがみつき、そしてやがて、認めさせる。

追いつき、対等に。

なりも違えば言葉も違う、文化も違う。しかし、バカにはさせない。

同等に、同じ権利で、同じ壇上で。

世界の中の日本。

自立の時が始まります。



翌日、真之は、新聞の中に巡洋艦筑紫の記事を見つけ、兄に見せようとします。

しかし、好古は新聞を取り上げると、破り捨てました。

「新聞は、お前にはまだ早い。己の意見もないもんが、他人の意見を読むと、害になるばかりじゃ。こんなもんは、長じてから読め」



また、好古は足袋を履かせませんでした。母が真之に持たせた足袋も脱がせる。贅沢はせず、身のまわりはなるべく質素に。それが好古の信条でした。

真之が下駄の鼻緒を直している時も、そんな暇があったら裸足で行けと怒鳴ります。それも、雪の日に。


「男子は生涯、たった一事を成せば足る。そのために、あえて身辺を単純明快にしとくんじゃ」



好古と真之は、どんな一事を成すでしょうか…





坂の上の雲〈1〉 (文春文庫)
坂の上の雲〈1〉 (文春文庫)





しかし、子役、かわいかったですね。時代背景があれなんでボロを着せられてましたが、笑顔がいい。

やたらと放屁する、真之。時間が重なるドラマ「JIN -仁- 」の龍馬もよく放屁するようですが、四国出身の歴史の人物は…いやいや…。

好古も真之も、身なりは気にしなかったらしいですね。

煎り豆、うまそうだなぁ…





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第2回、「青雲」より…



上京から一年、真之(本木雅弘)と常規(香川照之)は大学予備門を受験します。

大学予備門とは、第一高等中学校、のちの第一高等学校の前身。東京大学の予備機関として成立していました。法・文・理の3学部へ進学する者は、予備門での過程履修(英語の習得)が義務付けられていたといいます。また、1882年には、医学部の予科も統合されました。

英語が苦手だった常規でしたが、真之と共に見事合格。佐久間家の離れで、好古(阿部寛)により、ささやかながら宴が催されます。

その席で、常規は好古に、世の中で誰が一番えらいと思うかを訊ねたところ、その答えは“福沢諭吉”とのことでした。

“一身独立して一国独立する”

これは福沢諭吉の著書“学問のすゝめ”にある言葉。少年の日に真之に語って聞かせたこともある、好古の座右の銘です。


好古はふたりに言葉を送ります。

「ええか、ふたりとも。自分を甘やかすな。予備門の学生の中には、自由を履き違え、他人に害を及ぼし、自分をも滅ぼしてしまう輩が多い。一身独立するには、まず質素を旨とし、単純明快な生活を、体に叩き込め!」



離れに膳を運んできたのは、女中の よし(佐々木すみ江)ではなく、多美(松たか子)でした。しかも膳の上には、尾頭付きの鯛がどんとのっかっています。好古が よしに頼んだのはメザシでしたが、多美が気を利かせたのです。

が、好古はそれを拒否。質素を旨とするのですから、確かにそうかもしれません。

これに怒った多美は、人の厚意は素直にお受けになったほうがよろしいと、憤慨して帰ってしまいます。

よかれと思ったことと、その人の生きる信条。どちらも悪くありませんが、時に噛み合わないことがあって、揉め事の種にあることも、ありますよね。

頑固な男に、頑固な女。この先どうなりますやら。

(因みに鯛は、スタッフ 真之と常規が美味しくいただきました)



教育が今ほど行き届いていない当時のこと、東京大学の予備教育機関である大学予備門に通う学生は、エリートということになります。末は博士か大臣か、前途洋々、希望に満ち溢れている。

日本でまだ確立されていない学問を学ぶわけですから、教科書も外国のもの。試験の問題も、英語で出題されたといいます。“教授言語”とは、学校教育における教授に使用される言語。それが欧米語だったのです。



常規は英語に苦戦しつつも、その性格からか、友人を増やしてゆきます。

真之も、兄の前ではかしこまっているものの、常規や友人と寄席へ繰り出しては羽目を外したりして、青春を謳歌。

(好古が見たら怒りそうですね)



その好古は、陸軍大学校で、ドイツ陸軍参謀将校のメッケル少佐(ノーベルト・ゴート)から、教えを請うことになります。

陸軍の近代化を推し進めていた日本は、プロイセンに教官派遣を要請。当初、メッケル本人は無名の島国へ行くことを渋ったといいますが、ドイツ陸軍挙げての説得により、ついに折れたといいます。

メッケルを学生と共に迎えたのは、児玉源太郎(高橋英樹)。陸軍大学校の教官で、階級は大佐。

児玉は挨拶をすませると、メッケルにモーゼルワインを振舞いました。

モーゼルワインとは、ドイツ・モーゼル川流域で造られる、辛口の白葡萄酒の総称。ドイツを代表するワインです。

このメッケルという人は、モーゼルワインに目がなく、ドイツにいる日本人に日本でモーゼルワインが手に入るかと尋ね、横浜で入手可能であることを聞き、訪日を決意したとの逸話があります。



着任早々、メッケルは学生たちの前で、「このわたしがドイツ帝国陸軍1個師団1万を指揮すれば、諸軍が全日本陸軍5万を率いても、これを粉砕するのにさほど苦労はいらない」と豪語します。

当然、これに学生たちは反発しますが、メッケルはこれから日本陸軍の参謀になるであろう学生たちを鼓舞しようとしたのでした。

戦争の勝ち負けは単に数によるものではない。指揮官の優劣が戦況を左右する。それを教え込もうとしたのです。

メッケルの講義はとても厳しいもので、彼が日本に赴任した3年間で卒業できたものはおよそ半数。メッケルは本物を育てようとしたのです。



春になって、常規の妹・律(菅野美穂)が上京します。

幼い頃、兄を守ろうとした勇敢な少女も、立派に成長していました。

律は真之に、着物を縫わせてほしいからと、採寸しようとします。

はじめ真之はそれを断ろうとしますが、「ジュンさんの着物を縫うんは、これが最初で最後じゃけん」との言葉に真意を悟ります。

律は嫁に行くのでした。

真之は律に採寸させます。

律の幸せを願い祝いの言葉を送る真之ですが、律も、妹の気持ちを知る常規も、ちょっと複雑な心境に。



別れ際、律は真之に兄のことを託します。

「うちはもう、兄さん(あにさん)を守ってあげられんけん。ジュンさんに守ってほしい思うとります」「兄さんはいっつも威張っとるけど、ホントは心の弱い青瓢箪じゃけん」

「誰かが盾になって守ってやらんと、自分のやりたいこともでけんで挫けてしまうけん」
「ジュンさん、兄さんの盾になってつかーさい」
「ほしたらうちは、思い残すことなくお嫁に行けるけん」


そう頭を下げる律に、真之は律の代わりになることを約束。


喜ばしいけど、切ない別れがありました…





坂の上の雲 第1部―NHKスペシャルドラマ・ガイド (教養・文化シリーズ)
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西洋の学問を学ぼうとする、真之と常規。

西洋の軍事を学ぼうとする、好古。

日本自体が西洋を学び、独り立ちを目指します…





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第2回、「青雲」の続き…



試験のヤマを当てるのが得意だった真之(本木雅弘)は、同級生から試験の神様と呼ばれていました。

その理由を問われた真之は、「自分が教師になったつもりで検討してるんじゃ」と、涼しい顔。

教師の好みを分析する、過去の問題を参考にする、そしてあとは勘だといいます。

この姿勢は、後にも現れることになるようです。



一方の常規(香川照之)はというと、英語で落第してしまいます。

落ち込んでいるだろうと真之らが心配しますが、当の本人はバット片手にユニフォーム姿で現れ、「やろうぞな、ベースボール!」と、みんなを巻き込んでゆきます。

自身の幼名、“升(のぼる)”に引っ掛けて、常規はベースボールを“野球”と命名。

[子規は“野球(のぼーる)”という雅号を用いていましたが、ベースボールを野球(やきゅう)と訳したのは、中馬庚(ちゅうまん・かなえ)だといわれています。彼は「一高野球部史」執筆にあたり、“Ball in the field”をもとにして“野球”と命名しました。
ただ、読み方は異なりますが、野球という表記を最初に用いたのは子規で、後に新聞「日本」紙上で“batter → 打者”“runner → 走者”“fly → 飛球”などの野球用語を翻訳したといわれます]


本当の戦は危険が多くて損失もおびただしいが、野球ほど愉快な戦はない。

同級生から子供まで巻き込んで、常規は野球にのめり込みます。



さて、真之は好古(阿部寛)の許可を得て、常規と同宿することになりました。

常規は、文学に傾倒し、自らも小説を書くと宣言。

野球に小説にと、新しいものをどんどん取り入れてゆきます。



真之は、江ノ島までの無銭旅行を敢行するなど、青春を謳歌。

その旅行の中で、常規にこんなことを言いました――

「わしらは暇で死ぬほど退屈で、しかも力はあまっとる」
「無茶を重ねりゃ、何か見えてくるような気がするんじゃが」
「このまま大学に行って学士になっても、たいしたことない、いうことじゃ」
「本気でケンカする相手が、おらんのじゃ。こんなことでは、せっかく学費を出してもろとる兄さんに申し訳が立たん」

「わしが本当にやりたいものは、なんじゃ?」



一方、常規はやりたいものがはっきり見えてきたと言います。

それは俳句。


“ねころんで 書(ふみ)よむ人や 春の草”
“窓あけて 顔つきあたる 前の山”


ただ、大臣か博士になると田舎から出てきた手前、俳句詠みになるわけにはいかないとも。



「兄さんはいつおうても、兄さんのまんまじゃ」と、真之は切り出しました。

兄はいつ会っても兄のままで、変わらない。なのに、自分はいつまで経っても、確かなものを掴めないまま、うろうろしている。

「兄さんみたいに生きるには、どうしたらええんじゃろか?」、真之はそう訊ねました。

しかし、兄・好古は、この世に確かなものなどない、と言い切ります。

自分は単純明快であろうとしているだけだと。



真之は、予備門を辞めるつもりだと、兄に告げました。

辞めて、軍人になるつもりだと。海軍兵学校に入ると。


真之の考えはこうでした。

このまま予備門にいても、おそらく第二等の学者になるだけだ。自分の学問は二流で、学問をするのに要る根気も二流だと思う。要領がよい分、根気に欠けてしまう性質がある。

それにこれ以上、兄の世話になるわけにはいかない。それは金の心配などではなくて、自主自立、一身独立、それを目指したいのだと。

「兄さん、わしは、世界の海に乗り出したい。海の向こうには、わしの知らんでっかい世界が広がっとる。それをこの目で見てみたい、この胸で感じてみたい。今心の底から、そう思うとります」



好古は、秋山家の先祖が伊予水軍であったことを持ち出し、そしてこう言いました――

「伊予人の中から出て、はじめて日本海軍の士官になるか?」


そう笑う好古に、真之は深く、深く、頭を下げました。



大学予備門を辞めるということは、あの仲間たちとの生活も、常規との日々も、棄てることになる。

何かを選べば、何かを棄てることになるし、前に進めば、何かから離れることになる。

棄てなければ得られないものがあり、離れなくては到達できない場所もある。

だから、悲しい思いもする。



真之は常規に言い出せないまま、黙って荷物を引き上げました。

代わりに、机の上に手紙を置いて。


“世は都合あり、予備門を退学せり。
志を変じ、海軍において身を立てんとす。
はずらくは、兄(けい)との約束を反故にせしことにして、今より海上へ去る上は、再び兄と相会うことなかるべし。
自愛を祈る”




「勉強のし合いっこをしようぞな」


これからも、真之と常規の勉強は続きます。

しかし、道は別れました。

道を異にし、それぞれの道を進む。


己が己であるということは、そういうことかもしれません。


楽しいことも、苦しいことも、

共に歩んだ友が、

今、旅立つ。



「戦をも、厭わぬ君が、船路には、風吹かば吹け、波立たば立て」
「気張れ、ジュンさん」


常規は、雨音の響く、今はひとりの部屋で、友を送りました…





文藝春秋増刊 「坂の上の雲」と司馬遼太郎 [雑誌]
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南方 城太郎

Author:南方 城太郎
生息地:関西
分類:昭和人間
生まれ:
黒電話、赤電話が主流で、冷房は扇風機、暖房は石油ストーブと炬燵という時代


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