ユング心理学の視点から見た日記。スーパー戦隊シリーズ キョウリュウジャー、トッキュウジャー、東のエデンのレビューと感想。エニアグラム、子どもが育つ魔法の言葉、話が通じない人の心理、自分に気づく心理学。ドラマやアニメから学ぶ人生観。
 
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アーシュラ・K・ル=グウィンの小説「ゲド戦記Ⅱ こわれた腕環」の感想





こわれた腕環―ゲド戦記〈2〉 (岩波少年文庫)
こわれた腕環―ゲド戦記〈2〉 (岩波少年文庫)





  プロローグ より
「とられゆく子」

1.喰らわれし者 より
「捧げられる子」
「誰もいない寝間」

2.石 垣 より
「なる、そして、なくす」
「特別――もらえないもの」

3.囚われの者たち より
「被らねばならないペルソナ」
「怖れの対象」
「地下の世界」

4.夢と物語 より
「夢は語る」
「市井の人は語る」
「腕環にまつわる物語」


5.地下のあかり より
「傍にいた人、傍にいる人」
「聖地」
「侵入者」


6.捕らわれた男 より
「迷宮」
「迷い(1)」
「迷い(2)」
「対面」



第7節からは、こちら











第1巻の感想 → 「ゲド戦記Ⅰ 影との戦い」の目次




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ゲド戦記の第2巻にあたる「こわれた腕環」の中心人物は、“テナー”という名の少女です。第1巻で影と戦ったゲド(ハイタカ)は途中まで出てきません。そして、出てきてからも、主人公として大活躍するといったことはないようです。

もちろん、ゲドはテナーにとって重要な役割を果たすのですが、前作で既に事を成した彼は、もはや上昇する若き主人公というわけではないのですね。それよりは、他者に影響を与える、静かなる成人的なものとして、存在するようです。(ここでいう成人とは、もちろん年齢的な意味でのそれではありませんが)



さて、テナーですが、プロローグでは、


まだ幼いその少女は、ただただ駆けることが楽しいようで、呼ばれてもすぐには顔も向けず、ひとしきり大きく弧を描いてはねたあとで、やっと家に向かった。


と、非常に快活な姿が描かれています。


そして、母親に愛されているであろう姿も――


母親は家の戸口に火あかりを背にして立ち、娘の小さな姿が、木々の下のしだいに闇を濃くする草の上をまるで風に舞うアザミの綿毛のように、軽やかに駆けてくるのを見守っていた。





しかし、そんな少女にも逃れられない運命があるようで、それについて父親の口から語られています。


「あいつのことを思うのはよせ。来月には迎えが来て、連れてっちまうんだ」




「あいつはわしらの子どもじゃない。やつらが来て、墓所の巫女と言うた日から、あいつはもうわしらの子どもじゃなくなったんだ」



何の問題もなく普通に暮らしていたであろう子が、「決められていること」によって連れて行かれる、というのです。

我々はそれを非常に理不尽なことだと思ったりもしますが、この本の世界では、それは必然であり、「決まっていること」「守らねばならないこと」として強固に存在しているのです。あるいは、世界はそれによって守られていると、強く信じられているのかもしれません。



父親は上記のように冷めた感じで言っていますが、その後に書かれているように、


彼は憤り、深く悲しみながら、胸のうちを口に出して言う術を持ち合わせていなかった。



のであって、そうやって納得するしか、仕方なかったのです。



こういうそっけない父親の姿を見ると、非難したくなるかもしれませんが、胸の内にあるものをうまく表現できないという点においては、我々もきっと大差ないんでしょうね。

思ったことも言えず、そっけない態度をとってしまうことも、しばしば…

我々にしても、複雑な感情を抱きながら、それをうまく処理できず、案外、不細工なことをしているもんです。



だいたい、この「決まっていること」にしたって、これを本の中の絵空事と切り捨てられるかどうか。今の世の中にはないことと、言えるかどうか。

よくよく注意して見てみると、我々の生きるこの世界にしたって、いろんなことが「決められている」のかもしれません。そして、それに服従しているのかもしれませんよ。

あるいは、誰かに対し「決めている」ことだって、あるのか無いのか…


案外、我々は、この父母のように、「決められていること」を前にして、諦めているのかもしれません。

あるいは、「決められていること」によって、自らの人生を翻弄されているかもしれませんよ…











「ゲド戦記Ⅱ・こわれた腕環 の目次」

続きは来週を予定…




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第1節「喰らわれし者」では、アチュアンの墓所の様子が描かれています。

その様子は「何か所か崩れ落ちて穴があき」とあるように、だいぶくたびれて風化してしまっています。しかし、風化してあるんだけども、未だに強い影響力を有している。多くの人を縛り、影響下においています。

そこでは少女を迎え入れる儀式がとり行われているようでした。

はたして、「迎え入れる」なのか、「捧げる」なのか、あるいは、ある種の「生贄」なのか、儀式の本質についてはいろんな解釈ができますが…



その儀式の中で、少女の運命が語られます。


「われら、この娘ごの命とその死までの年月を名なき者たちにゆだねんとするものなり。こは彼らのものなればなり。彼らの意にかない、この娘ごの彼らに喰らわれんことを」



ここでも、「ゆだねる」という言葉が。

この少女の命と、死ぬまでの人生すべてが、“名なき者”たちにゆだねられるというのです。

それは何を意味するのでしょうか?


ともかく、この――以前は“テナー”という名であった快活な――少女は、その命と人生を、名もなく、姿もなく、それでいて強力な影響力を持つ存在に、捧げられることになったのです。


そして、捧げさせたのは、彼女の所属する社会であり、世界。あるいは、そこにある空気といってもいいでしょうか。そんなものがみんなして、彼女を捧げられる者、喰らわれし者としたのです。



この“名なき者”とはどういう存在なんでしょう?

それは後々に語られるようです。

そして、“名なき者”を直接語っているのではないのですが、別のことを語っていながら間接的にそれを象徴しているような文節があります。


下る巫女たちの口から低い歌声がもれ始めた。わずかに三音からなる調べだった。何度もくり返されるそのことばはたいそう古いもので、ちょうど道路がなくなってもなお立っている道しるべのように、その意味をすっかりなくしていた。

(太字は私がつけたもの)





しかし、この“名なき者”というのは、物語の中にだけ存在するものなんでしょうか?

いや、別に、霊がどうのとか、そういうことを言いたいのではありません。

ただ、姿もなく、名もなく、それでいて強く人間を縛り、影響を与えている存在というのは、ないものでしょうか?


どこかの誰かの人生を奪う、そんな存在がないと言えるかどうか…












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続きは来週を予定…




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誰も知る者のいない地での儀式は、滞りなく終わったようでした。

たくさんの人がいながら誰も知る人がいない地。たくさんの人が儀式に参加し、新しい大巫女に関心を寄せながら、それでいて少女には無関心だという、不可解な空気。




少女も巫女たちも、その日は一日飲まず食わずだった。宵の明星が沈むと、少女は寝床に連れていかれ、羊の毛皮の間に裸で寝かされた。少女にとっては初めての部屋だった。(中略)空気はよどんで、かびくさく、死臭が漂っていた。女たちは暗闇の中に少女を置いて黙って立ち去った。



知らない土地に連れてゆかれ、一日中飲まず食わずで儀式に参加。一日が終わって連れて行かれた場所が上記のような部屋と来ている。

まあ、この物語の世界では、なかなかふかふかのベッドにというわけにはいかないのですが、それでも、ねえ…。しかも当人は年端もいかぬ少女ときている。



しかし、そんな少女に声をかける者がひとり。

「テナー、いるかい?」と、彼は少女の名を呼びました。

彼の名は“マナン”。その部屋には入ってはならず、本当は玄関の外にいなきゃならない人。そして、その容姿は、お世辞にも上等とは言えないようです。


へんな頭だった。皮をむいたじゃがいものようにつるつるで、やはりじゃがいものように黄みがかった色をしていた。こげ茶色の小さな目が、これまたじゃがいもの芽を思わせた。ぼってりと平たい頬のせいで鼻はますます小さく見え、唇も薄く、あるかなきかに見えた。



しかし、そんな彼だけが、少女の名を呼び、気遣ったのです。

「テナー。わしのかわいい子。とうとう来たのか!」

「だが、小さいあんたが気がかりでな」

「かわいそうに、今日は一日、たいへんだったろう」

「大丈夫かな、わしのかわいい子?」

「小さな子どもがなあ、さぞ、きつい一日だったことだろう」

「じゃ、まあ、おやすみ、かわいい子。……おやすみ」


この、醜い――そう描かれている――男だけが、そんな言葉をかけたのです。そこにいるみんながかけない言葉を。


彼女がそれをどう思ったかは定かではなく、また、何かを思ったかどうかさえ定かではありません。

しかし、この後、ずっとずっと後に、この日を思い出すことがあるとするなら、きっと、この男の言葉を思い出すのではないでしょうか。



それにしても、みなが見逃していたとしても、必要なもの、必要な言葉というのは、あるものなのですね…











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少女は大きくなるにつれて、いつかそれと気づかず、母親の記憶をなくしていった。彼女は今いるこの墓所の人間だった。



少女はそこに住み、暮らすうちに、そこの人間になったようでした。

そして、過去の記憶を失くしてゆきます。

名をとられたように、記憶までどこかにとられるように…


それでも少女には時折、思い出すものがありました。

それは色であったり、匂いであったり、感触であったり、そういうかすかな記憶が甦ることがありました。



彼女は教師役のような巫女・サーから、自分がどんな風にして選ばれたかを聞かされていました。それはもう、そらんじることができるくらいに。

しかし、それは「聞かされたこと」であって、また、どこか遠い昔、どこかの国に起こったことを聞かされるような、そんな歴史書にも似たものであって、己の人生として定着するようなものではなかったようです。

そこである日、少女は自分が選ばれた経緯を、付き人であるマナンに問います。

それは、「さあ、わたしがどんなふうに選ばれたのか、話してちょうだい!」という、遠慮の無いというか、一見、傲慢とも取れる聞きようでした。

しかし、このものの言いようも、マナンならではこそ。気の許せる相手だから、こう言えたのかもしれません。だから生意気にもなれたのでしょう。

彼女には、マナンしか、こんな風に話せる相手がいなかったのです。



少女の問いに対し、マナンは血の通った語りようで応えました。

それは巫女・サーから聞かされたような、まるで冷たい金属板に書かれた歴史のようなそれではなく、生きた人間がその心とつながった自らの眼(まなこ)で見てきたものを伝えるといった、それでした。

そしてそこには、少女の父と母の姿もありました。生きた、父と母の姿が。

運命に抗おうとする、そんな健気な姿までもが。



今や少女は、“ここ”の人間になり、“あそこ”にいた頃の記憶を失くそうとしています。

少女にとっての世界は、“ここ”、つまり、アチュアンの墓所だけになろうとしていました。


少女の人生は、名前と共に、喰らわれてしまったのです…











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南方 城太郎

Author:南方 城太郎
生息地:関西
分類:昭和人間
生まれ:
黒電話、赤電話が主流で、冷房は扇風機、暖房は石油ストーブと炬燵という時代


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