ユング心理学の視点から見た日記。スーパー戦隊シリーズ キョウリュウジャー、トッキュウジャー、東のエデンのレビューと感想。エニアグラム、子どもが育つ魔法の言葉、話が通じない人の心理、自分に気づく心理学。ドラマやアニメから学ぶ人生観。
 
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「新しいもの」対「古いもの」という構図の事件や問題が起こった場合、それに対する街頭インタビューなんかを聞いていると、
「古いものを壊して欲しい」、「新しいものに期待する」というような意見を耳にする事があります。
(特に、若い人にそう言う人が多いかな)


ん?

でも、そんな単純なことなんでしょうか…



ここで大事なのは、「古いから打ち壊せ」とか「古いから悪い」というのは間違いだということです。
少なくとも、私はそう思います。

何が悪いのかというと、悪いものが古くから残されている事が悪いのであって(あるいは、古くから残されている悪いものが悪いのであって)、古いものが悪いという事でありません。
当たり前ですが、古いものには、良いものも悪いものもあります。

あるいは、ある条件では悪く働くものも、
別の条件では、よく働くものだってあります。

というわけで、
あまり物事を考えず、「古いものを打ち壊せ」とか「新しいものに期待する」というのは、浅薄だと思うのです。

正しくは、
「古くから残る悪いものを打ち壊せ」
(今、悪い結果を生んでいる、古くからあるものを棄て去ろう)
「新しい良いものに期待する」
(今、よい結果を生み出すために必要な、新しいものを生み出そう)
…そうなるのだと思います。



但し、時代によって価値観が変わるのも事実です。
前の時代で正しかったものが、今の時代で正しいとは限りません。

また、今の時代で正しいものが、次の時代でも正しいとは限らないでしょう。

例えば、前時代では、家族を養うこと、家族を食わすこと、自分で食っていくことに価値が置かれていたと思います。
これは今でも価値あることだと思いますが、当時の価値と今の価値が同じだとは思えません。
(当時の価値の方が、ずっと重かったと思います――まあ、全体的な物の見方の中の話ですが)

ある程度豊かになった今、養う、食っていく、ということより、「自分を生きる」とか「自分らしく生きる」ことの方に価値が移行しているように私は思います。
(もちろん、両方大事なわけで、これがすべてというわけでもないです。ひとつの傾向です)

但し、だからといって、経済を成長させてくれた先人たちの功績がかすむわけでもないですし、自分たちを養ってくれた親や前の時代の人の価値が下がるわけではありません。

それは感謝すべきことです。

ただ、その時代の価値観が今の時代と同じではないだけです。
(当時のことは感謝するのですが、その価値観をそのまま今の時代に持ってきても通用しない部分があるということです)



少し話がそれましたが、我々がすべきは、「その場面その場面、その時代その時代で、正しいと思われることを主張し、出来ればそれを体現すること」であるのだと思います。

たとえ、次の時代で価値が低くなろうとも、その時その時で正しくあろうとする、自分らしくあろうとする――そういうことが大切なんでしょう。

「古いから駄目だ」「新しいから良い」なんてことはなくて、
古い中にも良い部分も悪い部分もあり、新しい中にも良い部分も悪い部分があります。
当たり前に、ですね。
(更に言うなら、許される範囲の悪いこともあれば、許されない悪いこともあるでしょう)

何が正しいか、何が間違っているか、それは単に、古いから、新しいからで、判断できるものではなく、自分の脳みそを駆使して、考えるしかないでしょう。
雰囲気に流されるでもなく、自分で見、自分で聞き、判断すべきだと思います。

まあ、そのために、人の意見を聞いたりもするんですが、
自分で判断してこそ、責任も取れるというものです。



【蛇足】

とはいえ、若い人が「新しいものに惹かれる」ということにも意味があると思います。
正しいことも、それがあまりにも一面的になった場合、動脈硬化を起こし、死に瀕する場合がありますから。

そういう意味では、このような若い人の情動も、世界が死滅しないためのシステムのひとつなのかもしれません。
(「若者の特権」なんて言葉もあります)

まあ、善悪は簡単には語れませんわな…

(大事なのは「若いという自覚」「古いという自覚」かもしれません。その上で、正しいと思われることを言うのがいいのかもしれませんね)

…と、まあ、これもひとつの考え方です。

(その考えだって、日々変わるわけだし…)




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ヘンな言い方になりますが、

赦される範囲で、如何に悪いことをするか、

というのは、大事なことかもしれませんね。



現状を打破するとか、
(そういう意味で、「今」や「今まで」を破壊するとか)

新たなものを生み出すとか、
(そういう意味で、タブーに触れるとか)

そういうのは、少なからず「悪」(と思われる)要素を含むので、

如何に、
建設的に、
創造的に、

また、根本的な破壊を避けながら、

悪と接触するかというのは、大切なことなのかもしれません。



というわけで、

多少の悪いことをする、
多少の悪いことを許容するというのは、

――相手においても、自らにおいても――

結構、大切なことかもしれませんね。

(「練習」という意味でも…)



もっとも、何でも赦せばいいというものではないわけだし、

最近の傾向でいえば、

身近な場で赦されないから、他の場で接触したり、爆発せざるを得なくなる、
なんてこともあるわけだから、

尚のこと、上記のようなことは、大切になるのだと思います。




【蛇足】

話が外れちゃいますが、

家の中と外の逆転現象が、甚だしいぞ、チクショウメ!!

迷惑をかけるのは、まず(基本的に)身内で、

身内は「関係ない人」やあらへん。

プンプン。


[サイト内タグ]:    破壊



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録画していた映画『アイ・アム・レジェンド』を観ました。

以下、ネタバレを含みますので、ご注意ください。




アイ・アム・レジェンド 特別版(2枚組) [DVD]
アイ・アム・レジェンド 特別版(2枚組) [DVD]




とても面白い映画だったんですが、ちょっとした引っ掛かりも残しつつ、ウィキペディアをめくりました。

というのも、映画公開時、この作品が『地球最後の男オメガマン』のリメイクだと、小耳に挟んでいたから。


見てみると、この映画は、リチャード・マシスンの小説『吸血鬼(地球最後の男)』を映像化したもので、『アイ・アム・レジェンド』以前に、1964年に『地球最後の男(The Last Man on Earth )』、1971年に『地球最後の男オメガマン(The Omega Man )』と、二度映画化されているようです。



さらに読み進めると、あの結末が公開1ヶ月前に差し替えられたものだと書いてある。

で、YouTube で「I am Legend Alternate Ending」を検索すると、真のエンディングが…


これを観ると、感じていた引っ掛かりの謎が解けたような気がしました。

あれやこれやが、意味を持って描かれていたのだと。





[物語]

荒廃したニューヨークで愛犬サムと暮らす、ロバート・ネビル(ウィル・スミス)。

彼の他に、人影は見えない。

街中を駆ける野生化したインパラを狩り、公園でトウモロコシを獲り、生活している。

彼の腕時計は、日没前にアラームが鳴るようにセットされていた。

ネビルは日没前に帰宅し、用心深く戸締まりをする。

そして日が暮れると、外からは奇妙な咆哮が…



13年前、クルピンという博士が大発見をしていた。

彼女は、はしかウイルスを変異させ、ガンの特効薬の開発に成功したのだ。

1万9人のガン患者に薬を投与したところ、1万9人全員が回復した。

世紀の大発見。

しかし、そこには思わぬ落とし穴が。


回復したかに見えた患者の半分に、狂犬病のような症状が出始めた。

そしてやがて、治療に使われたウイルスが突然変異したことが判明。

ガンの特効薬だと期待されたウイルスは、人類を死に至らしめる最悪のウイルスになっていたのです。


その、クルピン・ウイルスと名付けられた病原体は、思わぬ副作用を持っていました。

ウイルスに免疫を持つ人間は、全体の1パーセント以下。そして、感染しながら生き延びた者は、“ダーク・シーカーズ”という獣のような存在になってしまう。

全身の毛は抜け落ち、言葉も理性もなくして、凶暴化する。人と見るや、飛び掛ってくる。そんな恐ろしくおぞましい存在に。

ただ、弱点があって、太陽光(紫外線)に弱く、日中は活動できない。



そのクルピン・ウイルスの感染源が、ニューヨーク。

感染が発覚した時点で大統領は街を封鎖しますが、感染を食い止めることはできませんでした。ウイルスは世界中に拡散してしまった。



ネビルは、誰もいないニューヨークの街で、密かに研究を続けていました。

ウイルス感染したモルモットを使い、ダーク・シーカーズを人間に戻す血清のテストをする。

時には、罠を使ってダーク・シーカーズを捕獲し、それをサンプルとして、実験をする。



とはいえ、孤独な、ネビル。

コミュニケーションの相手は愛犬だけで、あとは店に設置したマネキン相手に一方的に話すだけ。

研究して、狩をして、食事を作り、音楽を聴く。

化物のようになってしまった人々を恐れ、夜は息を潜めて、暮らす。

毎日世界へ向けてメッセージを送りますが、誰もやっては来ない。

残された人類は、自分だけなのか?



そんな単調な生活にも、変化が。

実験のためにダーク・シーカーズを捕獲したのですが、そこからおかしなことが立続けに起こる。

動くはずのないマネキンが、移動している。

混乱したネビルは、思わぬピンチに。

そして、大事なものを失ってしまいます。


ヤケになったネビルは、さらにたいへんな事態に。

しかし、そこに、新たな出会いが。



仲間を得たネビルですが、ある不注意から、ダーク・シーカーズの群れに襲われます。

絶体絶命のピンチに。




ここから、エンディングが分岐するようです。




ざっくりした結末を書くと、ネビルは自己犠牲により、仲間(自分以外の生存者)の命を救います。

そして、その際、彼は完成したであろう血清を、託していました。

かくして、ロバート・ネビルは、人類を救った伝説の人(レジェンド)となったのです。




で、上のは、差し替えられたものらしい。

本来のエンディングには、考えさせられます。




ネビルは、ダーク・シーカーズのことを、まるで獣の類のように思っていた。あるいは、ゾンビやモンスターのように考えていた。実際、彼らは異形の者であるし、人語も解さない。雄叫びを上げ、人間を襲う存在。

しかし、事実を注意深く見ていけば、それだけではないことが分かる。

彼らは、ネビルのマネをして、罠を仕掛けた。また、ウイルス感染した犬を使ったりもした。(まるで、ネビルのように)

ネビルの家を襲撃した際は、統率者のような存在まで。

そして、その襲撃自体にも、意味が…



本来のエンディングは、ネビルがそれに気づく、というものらしい。



そして、原作のあらすじを参考にさせてもらうなら、以下のようなことになる。

(ちょっと混同してしまいますが)



ダーク・シーカーズを新しい人類と考えるなら、新人類は新人類なりに、生活していた。

コミュニティーのようなものを作り、日光を避け、何とか生き延びようとしていた。

そこに、侵入、干渉する存在が。

そいつは、自分たちが活動できないのをいいことに、昼間、街を闊歩する。

時には、仲間をさらい、どこかに連れて行く。

常に銃器を携帯しており、新人類を見つけると、発砲する。

何という危険な存在か。


そいつが、リーダーの大切な人をさらった。

汚い罠を使い、どこかへ連れて行った。

連れて行った場所は実験場のようなところで、自分たちを改造しようとしている。

壁には仲間の写真が貼られている。実験過程で殺された仲間だ。

奴は仲間をさらい、おぞましい実験をしているのだ。


――と、ダーク・シーカーズからすれば、見えるかもしれない。



本来の、アイ・アム・レジェンドとは、伝説の救世主という意味ではなく、伝説の悪鬼といった意味だったのかもしれません。





と、これが前置きなのですが、長くなったので、続きは後で…

 → 「アイ・アム・レジェンド(2)/善悪の彼岸」





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【関連記事】
「閑話:戸田奈津子さん」
「宇宙戦争/映画」

「デュラララ!! 首なしライダーとデュラハンのまとめ」




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『アイ・アム・レジェンド』にあるメインテーマは、善悪の逆転にあったのかもしれません。(孤独とか、いろんな要素があるとは思うのですが)


何が善で、何が悪なのか?

何が普通で、何が異常なのか?

そんなものは立ち位置さえ変われば、簡単に逆転してしまう。


一方が善や正義だと信じるものも、もう一方にとっては必ずしもそうとは限らない。

むしろ、悪や脅威だったりする。



この布置は、至る所にあるのかもしれません。


新しく現れた者たちと、残された(ような)者たち。

そこにある不理解。

知らず知らずに行なわれる、侵略や干渉。

己を守るために、他者を攻撃する。

(怖れと攻撃)


それを善だと信じる。

それを当たり前だと思う。

だから、邁進する。



若者 vs 老人

新しい技術 vs 以前の技術

ある趣味 vs それを理解しない人

そこにいた人 vs 入ってきた人


――いろいろありそう。


これらは、接点があるだけに、悩ましい。

関係ないなら放置もできますが、接点があるから、互いに干渉することになる。


原作『地球最後の男』では、吸血鬼化した人類と、残された人類の戦いが描かれました。

吸血鬼は、血がほしい。主人公は、身を守らねばならない。

夜になると、吸血鬼は主人公を襲おうとする。

昼は逆に、主人公が吸血鬼を探し、杭を打ち込む。

同じ布置の中で生き、互いに干渉する。

互いは、自分を守りたい。



若者と老人だって、同じ枠組みの中で生き、干渉し合う。

血を吸ったり殺したりはしないものの、ああだこうだ言ったり、時には邪魔するかもしれない。

一方は自由や楽しさを求め、平穏に暮らしたいもう一方に干渉するかもしれない。

また他方は、ルールからはみ出る者に対し、容赦ないかもしれない。

一方はもう一方の性質を知らないので、自分の枠組みを押し付ける。

互いに、それをする。

自分を非難する相手に、どうして? と思いつつ、実は、相手に干渉する。非難もする。

互いにカタチを変え、それをやる。


同じ場に存在するので、どうしても干渉し合う。

放っておけない。



これはある意味、王国と王の関係に似ているのかもしれません。

新王と、前王。

同じ王国に二人の王が存在すれば、国は揉める。

知らず知らず、干渉し合い、遺恨ができる。


必ずしもそうとは言えないけど、そういうことが多い。

本当に、二人とも王なら。





ネビルは、残された者だった。

孤独に生き続け、新しい存在を昔のように戻すことを考える。

前と同じ世界を、構築したい。


でも、それは、本当に正しいことなのだろうか?


ネビルの側に立つかぎり、それは正しい。

かもしれない。


しかし、そのために、新しい存在に干渉し、命さえ奪う。

大事な人を、奪う。

犠牲を強いて、改造する。


相手の意思とは、関係無しに…


本当に、それは正しいのか?



ひょっとしたら、逆もあるかもしれない。

孤独に生き続ける誰かは、新しい存在になろうとする。

そのために、旧い存在に睨まれ、引き戻そうとされる。

いちいち干渉される。


相手は、よかれと思うのだろう。

正義を盾に、介入し、従わせようとする。


また、その人が新しい存在になろうとすることで、どうしても、相手に干渉してしまう。

相手は、その人が新しい存在になることが、堪らないのだ。




新しいものと、旧いもの。

その間には、そういうことも、あるのかもしれません。



こんな布置は、そこかしこで、ありそうですね。

そして、大きな視点でも、あったのかも。


人類の進化の中で、そういうことは、なかっただろうか?

新しい人類と旧い人類の間で、どんなことがあったのだろう?




そして、そんなことは、これからも…





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これはもう、理屈じゃなくて、自然なのか?





【関連記事】
「アイ・アム・レジェンド(1)/善悪の境界」

「僕らなりの悪…」
「悪との接触」

「星新一 ショートショートの目次」




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Author:南方 城太郎
生息地:関西
分類:昭和人間
生まれ:
黒電話、赤電話が主流で、冷房は扇風機、暖房は石油ストーブと炬燵という時代


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